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正岡

おたくな奥様快楽通信

NHK「鎌倉殿の13人」(後半戦)の感想

2022年12月30日
アニメ・特撮・邦画 0
鎌倉殿の13人(後半戦)の感想

(前半放送分の記事はこちら

#27〜#33修禅寺 まで(2022年9月8日)
〜#38時を継ぐ者 まで(20221026記)
〜#45八幡宮の階段 まで(20221204)
〜#48報いの時間 までそして1年間の感想(20231229記)


 毎週、主要人物がぱたっぱたっと退場。そしてとうとう頼家の番に。
 源頼家は、はっきりいって日本史の教科書に名前があったか思い出せない。大河ドラマ見てるから名前は知ってたけど、はたしてどんな二代目だったのか。なぜこんなことになってしまったのか。

<源頼家の生涯>(頼家の実年齢)

1182年9月 頼家誕生(0歳)
1189年6月 義経死(6歳)
1192年9月 実朝誕生(10歳)
1193年5月 富士の巻狩り(10歳)
1193年9月 源範頼追放
1198年   一幡誕生(16歳)
1199年2月 頼朝没→家督相続(16歳)
1200年2月 梶原景時死(17歳)
1203年5月 阿野全成死(20歳)
    9月 比企能員死→修禅寺へ(21歳)
1204年8月死(21歳)
※征夷大将軍在任:1202年 - 1203年

この一覧から読む頼家の人生シナリオ
 富士の巻狩りの時、頼家はまだ小学生。そりゃ、矢が鹿に当たったくらいで大騒ぎしても、頼朝は親ばかじゃない。
 この巻狩りイベントの目的は、頼家のお披露目だった。この時代は必ずしも長子相続じゃない。戦乱の時代は、戦場で指揮をとれる男が当主でなければならない。頼家は、頼朝が30代になってからの子供だからまだ小さすぎて、範頼や全成を鎌倉殿にというのは、かなり現実的な話だったと思う。つまり頼家に継がせたい頼朝にとって、範頼が一番の脅威だったということなのだ。謀反の意思がなくても、他のご御家人たちが誰を支持するか、という意味で。
 幸い?頼朝が亡くなったとき、頼家は高校生くらいの歳になっていたし、戦時でもなかった。

 全成が死んだのが5月。比企は9月。頼家が家督を継いで4年後には「やられる前に殺れ」状態。頼家は体調不調からの危篤だから、毒でも盛られてたのかも。毒殺って、青酸カリなんかを想像するのはアニメの影響で、本来は遅効性の弱い毒で体調不良がいずれ悪化して病死、というものらしい。ひょっとして、比企も北条も頼家を見限っていた? 
 比企能員は油断していたのだろう。北条と直接対決があるとしたら、頼家の死んだ後だと思っていたのかも。

 ドラマで、頼家の最期に斬り合いを入れたのは、作家先生の思いやりだと思う。史実では風呂討ちらしい。義朝も同じ死に方だったっけ。身内の裏切りで暗殺とか、死んでも死にきれん思いだろう。いくさ場で討ち死に、の方が武士らしい死に方……なんだろうな。

善児退場
 この人物は、確か初回から、いやどうだっけ?最初の頃からいたオリキャラ。めんどくさいので確認はしないけど、伊東の家人?下働きの男?かなんかで、主人に言われるままに動き、汚れ仕事も厭わない。その後、梶原景時にヒットマンとして雇われて、景時の死後は北条義時と契約関係に。鎌倉近辺のどこかのあばら屋で暮らしている。武士ではないし、北条家の使用人でもないから、おそらく報酬は金品(砂金とか銀とか)。ためらいもなく人をあやめるような男だが、ふたまた契約や主人を裏切るような悪意はなく、悪人といえるのか?何だかわからない。
 私は、この人物は最終回まで生き残るんだろうと、勝手に思っていた。少なくとも義時の寿命くらいは生きてるんだろうと思ってた。自意識もなく、信仰もなく、命じられるままに戦って生存するだけの男。
 しかし頼家退場回で、一緒に消えていった。ゼンジという名前は最初から修禅寺にかけていたのかしら。下民の名前にしてはちょっと良い字を当ててて変だなとは思っていた。序盤はあんなに得体のしれない存在だったのに、ここで消える運命だったのは、……どこかで仏に出会ってしまったということなのか。
 ゼンジの養い娘(女ヒットマン)は特撮映画やアクション映画で見た女優さんだわ。かっこいい。まさかここで退場?

その時政子は?
 今と違って、車とか電話とか、即座につながる連絡手段はない。義時が軍を率いて屋敷を出た、と知ったのは何時間も後のことだろうし、そしてどうなった?を知るのは、早くて翌日。情報が統制されていたら、御殿の奥にいる尼御台まで届くのに、何週間もかかったかもしれない。
 ただ、政子は事後承諾でも、父や弟を責められなかっただろう。北条の経済力と武力がないと、最低限守るものも守れない。そういう時代なのだ。

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〜#38時を継ぐ者 まで(20221026)

北条義時 家族の肖像
1204年/北条政範死
1205年/畠山重忠死
 同年、北条時政退場。この時点で、誰が何歳だったのか、おさらいする。
 ドラマの俳優は実年齢に近い役をやるとは限らないし、大河ドラマともなると少年時代から老齢期まで一年で演じきる。男優はだんだん老けメイクになるが、女優はそこはわりといつまでも年齢不明だから、俳優さんの外見にはだまされないぞ(^_^;)
 というわけで、畠山死&時政隠居の時点で、彼らの歳はこんなかんじ。(西暦で実年齢を算出。もちろん誕生年に諸説ありなので誤差もあり。)
北条時政67
  牧の方40代?
  政子48
  時42
  時房30
  政範 生きていれば16(前年没)
  泰時22

源実朝13
畠山重忠41
三浦義村37?(年齢不詳。義時より少し下?)
和田義盛58?
大江広元57
後鳥羽上皇25(実は意外に若い!)
藤原定家43

 この時代は母方の血統も大事で、身分の高い母親から生まれた男子が嫡男(あととり)だったようだ。母親から相続する財産や、母の実家の援助や人脈が出世に影響した。時政も若くて美人の京女に目がくらんだだけではないと思う。北条の家をもっと大きくするぞ、わしの次の代には羽ばたくぞ、みたいな夢があったんだろうなあ。
 牧の方の歳は資料がないらしいが、出産が期待できる歳で嫁いできたはずなので、政子くらいかもっと若かったかもしれない。ドラマでは悪ものけど、そりゃあ覚悟して武士の嫁に来て、苦労もいっぱいしただろうな。
 義時には大勢の妹弟がいるが、誰と誰が同じ母親かはっきり資料がない人も。年齢順もよくわからなかったり。女子は結婚して子供産んでないと記録に残らないので、また早く亡くなった弟とか、もうすこし人数多かった可能性もあるかな。
 泰時、実朝の年齢を見るに、義時が必死なのはまあ当然かな。自分が生きてるうちにやれることはみんなやっておく、と思っていたはず。頼朝とその死後を見てるだけに。

畠山合戦ロケ
 合戦ロケ久しぶり。
 畠山役の俳優さんは実年齢が隠せないくらい若いけど、ヒゲをつけてからの老け芝居もなかなかに良かった。顔が若いってのは隠せなかったけどね。それで畠山っていくつで死んだっけ??と思って、年齢表を作った。

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〜#45八幡宮の階段 まで(20221204)

1219年源実朝暗殺事件
 まずは年齢確認。(西暦で計算)
実朝(27)
公暁(19)
政子(62)
義時(56)
時房(44)
泰時(36)
義村(51?)
源仲章(?)

 え?政子62? 実朝は35歳で産んだ子なのね。私も親や親族から、30前に最初の子を産んで、と言われたけど、それはこういうことなのよ、やっと息子がいっちょまえになっったらもう還暦なのね。

 さて、これは単なるテロ事件なのか。あるいはクーデターが狙いだったのか。
 公暁単独犯行説というのは昔からあったと思う。「草燃える」の時もいろいろ読んだ気がする。なぜ単独犯行説が有力になるかというと、義時や義村みたいなやりてのおっさんの謀略にしては、いろいろ疑問だからなのね。
 公暁って19歳だったんだ? 若いな。動機はなんだんだろう?将軍になりたかった? 公暁は北条が殺した男の息子だから、親の敵(北条)将軍にしてくれるわけがない。今ここで実朝と義時両方を打ち取ったとして、三浦義村は鎌倉を制圧できるのか?
 でも、義時さえいなければ……とは思ってたかもしれない(^_^;) 義時がいなくなったら、次の当主は時房44か泰時36だ。北条は内紛?少なくとも義時ほど手ごわくない……義村にはそのくらいで十分だったかもしれない。
 あれ?ひょっとして、本当は北条義時暗殺計画だったのでは?(^_^;) 実朝はそれを察して、義時叔父を自分の身辺から遠ざけた? 自分が標的になるとは思ってなかった?
 しかい実際は公暁はやらかした。
 事件事故というものは、不運なアクシデントが重なったとき起こるものだ。もしも儀式が昼間だったら、人違いもしなかっただろうし、そもそも隠れて待ち伏せるこもできなかった。

トウは最終回まで生き残る?

 例え人ちがいでも、ご当主を殺害されて源仲章サイドから何かアクションはなかったのだろうか?しかし主立った男衆はみんな死んでしまっていたのかも。(トウのせい)
 トウって不思議な名前だよな。数少ないオリキャラ。キャラの名前というのは作家が一番悩むところだから、きっと何か意味があるんだろう。普段のお役目は、もしかしたら尼御台の警護かもしれない。トウにとっては死んだら負けだが、政子はそこはどう思ってるんだろう。

運慶
 運慶快慶湛慶……は、私の仏像入門はここから。仏像というものはある程度形の決っているものなので、最初は全部同じに見えて、まったく見分けがつかなかったし。それが運慶がきっかけで興味を持って見るようになってから、仏様の顔が見えるようになったのね。

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〜#48報いの時間 までそして1年間の感想(20231229記)

 
北条義時 人生すごろく
 最終話。北条義時の死が物語の幕切れとなった。
 北条義時って高校日本史の教科書に載ってるのかな。政子は小承久の変、泰時は御成敗式目、で太字で名前が載ってたような気がするけど。北条義時って何した人なの?

1163年(0歳)北条義時誕生
1175年(12歳)弟・時房誕生
1177年(14歳)姉・政子が源頼朝と結婚
1180年(17歳)源頼朝が挙兵
        兄・宗時死亡       
1183年(20歳)長男・泰時誕生
1185年(22歳)壇ノ浦で平家滅亡
1189年(26歳)奥州合戦
1189年(26歳)弟・政範誕生
1193年(30歳)次男・朝時誕生
1198年(35時)三男・重時誕生
1199年(36歳)源頼朝死去。→頼家
1200年(37歳)梶原景時の変
        四男・有時誕生
1203年(40歳)頼家失脚。比企能員の変。→実朝
1204年(41歳)弟・政範死亡
        源頼家死亡
1205年(42歳)畠山重忠の乱。牧氏事件。
        第二代執権になる。
        五男・政村誕生
1213年(50歳)和田合戦
1219年(56歳)源実朝暗殺事件
1221年(58歳)承久の変
1224年(61歳)死去

 義時が北条一族のトップになったのは、42歳の時だった。頼朝が死んで6年後。
 そして承久の変。頼朝の死から22年後のことだった。
 昔「草燃える」を見ていたときには私は気がつかなかったけど、義時は単に権力者になっただけではない。最終的にそれは、頼朝が描いていた野望あるいは天下国家構を引き継いだ、ということなのではないか。
 全国制覇。
 後鳥羽上皇らを配流し、天皇をすげ替える。さすがに頼朝もこれはやってない。日本史の授業ではさらっと出てくるだけかもしれない承久乱の乱とは、天皇や貴族階級を制して、真の意味で武家政権はここから始まるのである。

源頼朝は北条義時は、なぜ自分が天皇にならないのか?

 井沢元彦説によれは、それが日本史の謎ルールなのだとか。世界史の常識では、前王朝に取って代わって王を名乗り、統治する。日本では、アマテラスの血を引く一族だけが天皇を名乗ることができる。
 でも、それって神話以外の根拠はないわけで、じゃあその神話の始まりはいつだったんだろう。皆々がその権威を信じるのにどのくらいの年数を要するのだろう。
 というわけで、後鳥羽上皇とのケンカを受けて立った北条義時も相当なものだが、勝ったからといって別に将軍にすらなってない。

小倉百人一首の最後は誰
 有名な小倉百人一首の藤原定家は、ちょうど鎌倉殿の時代の人だ。その百人一首の最後の方の並びはこうなっている。
92)源実朝
93)源雅経
94)慈円
95)西園寺公経
96)藤原定家
97)藤原家隆
99)後鳥羽院
100)順徳院
 というわけで、後鳥羽院つながりの人たち。
 100人の人選は、一番最初が天智天皇で、これが定家の「ぼくの考えた日本史歌うま100人」てことなのだろうか。日本史は天智から始まるのか? そして最後が後鳥羽院と順徳院なので、ここで承久の乱なんだな、と思う。京の貴族階級の定家にとって、坂東武者の成り上がり北条義時が上皇様を島流しとは、世も末と思ったことだっろうなあ。

久々に大河ドラマを完走しました
 この歳になりますとね、けっこうえり好みしちゃって、大河ドラマならなんでもいいわけじゃないの。それに、一年間見続けるのってけっこう体力いるのね。何か強い動機がないと続かない。
 私が鎌倉殿を見ようと思った最初の動機は、中の人かな。大泉洋と小栗旬は見ておくか。あと大和屋、松嶋屋、萬屋も見たいし。
 お話が始まってからは、次はどうなるんだろう?にひっぱられた。一応このあとどうなるか(史実)は知ってるけど、ちょっっと待って?ココでソレってことはひょっとしてアレなの???みたいな、期待と予想と答え合わせに最後まで興味は尽きなかった。これは脚本に一本取られましたな(^_^;)

 小池栄子を初めて見たのは、パソコンショップのソフト売り場の、等身大ポップ。なんの広告だったかは覚えてないけど、ファンタジーのヒロインの露出の高い衣装衣装で、通行人が思わず見てしまうようないなインパクト。ウィンドウズ95の頃だったかな。小池女史の脇に2人女子モデルがいたけど、そっちは誰だったか、顔も衣装も思い出せない。3人とも名前印刷されていたけどね、小池栄子しか印象に残らなかった。一目でいつまでも記憶に残る、そういう女優さんなのね。
 小栗旬は、表も裏もある人物のいつも心になにか抱えたような、悩めるようで実行と決断にはためらいもない、女々しいようで男らしくもある、そんな義時。一年おつきあいできて、今年は楽しかったです。


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正岡
この記事を書いた人: 正岡
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