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正岡

おたくな奥様快楽通信

「プリンスカグヤ」を見る会 3回目

2019年07月29日
↑「」を見る会 0
竹取物語とプリンスカグヤ
 どうも遅くなりました。
 原典にして古典の「竹取物語」をちょっと読み返していました。「プリンスカグヤ」をひもとくヒントになるかなと思って。脚本家先生だって当然古典を読み返して、舞台脚本を起こしているはず。て思ってね。

 読み返してみて、私がまず思ったのは、かぐや姫もののアニメや絵本ていっぱい見てる自分は、無意識に商業作品いわゆる最大公約数的な「かぐや姫」に染まっていて、勝手にかぐや姫のイメージを作っていた。原典を読み返して、その思い込みが間違った知識であることに気付かされた。
 それからムー読者的なわくわく感。月の使いがかぐや姫を迎えにくるシーンの、妙なリアリティ。やっぱり古代の日本に宇宙人は来ていたんだ(@_@)的なわくわく感ですね。
 そして、原典のどの部分からの採用と構成で、プリンスカグヤが成り立っているのか。もちょっとわかった気がしたです。あとで書きますが、けっこう原典に忠実。古典ものだから当たり前なのかもしれないけど。

プリンスカグヤ再発見(^_^;)
 というわけで、今日は「PRINCE KAGUYA」の舞台を見る。
 これ、買った直後は焼き切れそうなくらい見たけど、高いお金を出して買ったものなので、その後大事にしまい込んでいました。この記事を書くために改めて見たけど、2〜3年ぶり?
 改めて見直していろいろと発見が……

(1)楢木先生がっ……( ꒪⌓꒪)
(2)わりとみんな出ずっぱり
(3)プリンスカグヤのテーマ

(1)私、これ買った当時、とにかくしょーたんが見れれば良かったので。しょーたん以外に特に見たいものがあったわけでは。(よく友人には、興味のないものはどこまでも無関心な正岡さん、と言われます)
 MVや円盤のスタッフリストにあるこの先生の名前と顔が一致したのは、多分flowerのメイキング。私がしょーたんファンになったのは2016年なので。FCイベントでも、カズヤ……ええと誰だっけ?みたいなかんじで、お顔ご存知ないファンの人も多いみたいだったから、私だけが無知だったわけではない。ライブ円盤のメイキングでもあまりお見かけした記憶はない。
 それで今頃になって見返して、「先生、こんなにがんばって(இдஇ; )」
 MUSARAKIのダンスは楢木作なので、それを舞台で使うご縁の出演だろうけど、野球に例えると遊撃手?打球は全部俺がなんとかしてやる、という大活躍だったです。

(2)お話が、劇場版アニメ一本見たような内容と脚本。最初から最後まで主人公視点で流れて行く物語で、蒼井翔太の出番が意外に多いです。竹取屋敷、月王国、朝廷、軍隊、市井の人、果ては山奥の猛獣など、様々に場面を展開。でもメインキャストを含む出演者が13人しかいない。(ゲスト別)なので「えっ?」「あれっ?」「またおまえか?(^_^;)」みたいな、出演者さんたちの大活躍が、ちょっと楽しかったり。

プリンスカグヤのテーマを考えてみる鑑賞文

 「プリンスカグヤ」は男の娘の物語、となっている。
 とはいっても、男女差のデリケートな領域に踏みこんで行くわけではなく、カグヤが女の姿をしているのには理由がある。
 それは古典「竹取」から持ってきた設定といえる。
 竹取ではかぐや姫は何がしかの刑罰で地上に留め置かれていたことになっていて、月から迎えが来たときは介添人?を含め大勢やってきていて、かぐやがそれなりの立場なり身分であることが伺われる。
 そのかぐや姫の罪とは何だったのかは、許されて後どうなったのか、原典では語られていない。その空白部分に脚本家先生は、祖国を追われた呪われた王子という設定を書込んだ。実は女の子の姿は世を忍ぶ仮の姿、というわけなので、5人の求婚者を情け容赦なく袖にしてしまう動機も理屈も通る。
 しかし「プリンスカグヤ」には、王子様役として真の求愛者が登場する。赤い服の大納言。
 実はこの人物は原典に出てくる、5人の求婚者の一人である。オリキャラじゃない。男の娘に思いを寄せる王子様役だからといっても、そういうところは律義に応原作通りなのである。この人物設定のおかげで、求婚話のカグヤの印象が全然ちがってしまうので、ここは、原典よりもむしろ良い改変かもしれない。 

 なぜ、男の娘の物語に書いたのだろうか。
 このお話は、仮装と居場所を問うものだった。
 本当は自分ではない姿で、本音を隠して、他者との軋轢を避けて、それでも居心地のいい場所ができたら、それはそれでいいのではないか。いや、むしろこのままでいいかもしれない。この関係がちょっとでも長く続くなら。
 しかしカグヤの世界では、それはかなわなかった。
 時として、自分の努力だけでは守れないもの、埋められない溝や定めのようなものはある。のかもしれない。居心地の良い場所などというものは、本当はないのかもしれない。
 この舞台では、現代の街角で二人は再会することになっているけれど、そこはなんだか現実感はない。多分、1000年後にはそんなこともあるかもな夢の形、だったのではと思う。1000年も待てるなら……だけど。


 
 思いついたことがあったら4回目書くかもしれないけど、とりあえずカグヤはここまで。
 次はうたプリライブに行きます。

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正岡
この記事を書いた人: 正岡
■生涯一腐女子。腐女子の本懐を極める。追っかけ中→小西克幸。市川猿之助。松田龍平。蒼井翔太
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