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正岡

おたくな奥様快楽通信

「愛の泉」の感想

2017年11月12日
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「愛の泉」細川知栄子著(全5巻)
フラワーコミックス/1978年発行

一行感想。個人的見解でありますが、「愛の泉」とは、少女マンガ三大奥義の書である。すなわち、
(1)愛の試練
(2)夢のドレス
(3)玉の輿」
である。

 とうとう!手に入れましたよ!「愛の泉」。古書ですが。
 どういった事情かはわからないけど、「愛の泉」は、コミックスは大昔、フラワーコミックスが出たっきりだと思います。
 私が入手したこのコミックスによると、連載は週刊少女コミックで1970年から1年間くらい。コミックスはなぜか1978年になってからの出版。「王家の紋章」が76年からの連載なので、もしかして私、コミックス買ってる?と思って読んだけど、作品中、記憶にないエピソードだらけ(^_^;) やっぱりコミックスは買ってない。
 私がこの作品に出会ったのは、腐女子になるちょっと前。私はまだ乙女な小学生でした。連載で読んでから、47年ぶりの再会である。どきどきo(^-^)

(ねたばれ感想)長いよ(^_^;)

「愛の試練」と「玉の輿」
 「愛の泉」は、朝子とジュリオの身分差恋の物語だ。
 朝子とジュリオはイタリア留学中、トレビの泉の前で出会い、将来を誓い合う。だがジュリオの皇太子という身分上の制約、朝子はしい母子家庭ゆえに、様々な障害が立ちはだかる。反対する人、支援する人、それぞれの家族の事情、横恋慕、婚約者、恋敵、政敵、暗殺者……などなどの人物があとからあとから登場し、日本とオーストリイ国をまたいで、ありとあらゆる事件事故が2人を巻き込んで発生する。
 奥義その1「愛の試練」とは、恋愛を困難にする要因が、主に2人を取り巻く環境にある。2人は押しも押されぬ相思相愛なのに、2人の邪魔をしようと、仲を引き裂こうと、そういう人々が表立って、あるいは裏で暗躍する。それと戦い、一喜一憂するのが物語の流れとなっている。後の「王家の紋章」につながる系譜の作品といえるかもしれない。
 無駄にイケメンBFどもにちやほやされて動揺するとか、ケンカしたりくっついたりでやきもきするとか、ヒロインの愛がよろめくことは絶対にない。恋の障害は常に外にいる敵である。
 
 奥義その3「玉の輿」とは、男の方が身分が高い格差恋愛なので、結末は必ず「玉の輿」となる。
 王子様との結婚が何ゆえ玉の輿かというと、地位身分財産はあまりどうでもいい。「試練」に耐え、乗り越えたゴールが「玉の輿」という形のご褒美である。努力した者は報われる。それは具体的には、お姫さまのようなウェディングドレスで、きらびやかで豪華な教会で結婚式である。
 本当は結婚は新たな苦労へのスタート(^_^;)なのであるが、少女マンガなので、結婚式の続きはない。一生ウェディングドレスを着て毎日結婚式のような幸せ感を抱いたまま、エンドマークとなる。
 
奥義その2「夢のドレス」
 少女マンガを読む年頃の女の子の関心事は、髪や服装である。
 近未来の夢の中で、どんなステキな自画像を描いて見せてくれるか。それが少女マンガなのだ。
 例えば、どんな学校に行きたいのか?それはどんな学校生活なのか? 学校ではどんな服を着て、どんな髪形なのか? 将来の夢は?なりたい職業は?
 少女マンガを読むとそれはわかる。多分時代によって女児の夢は違うと思われるが、「愛の泉」で1970年当時の女の子の考えていることが伺える。
 朝子は絵やデザインの勉強で留学していた。高校をやめたあと、おつとめしていたのはデザイン関係の会社だった。おそらく長期連載にでもなれば、彼女にデザイナーの道が開けたのかもしれない。
 この時代、女の子の憧れの職業は「バレリーナ」とか「スチュワーデス」とか「学校の先生」だったかな。そういう少女マンガをいっぱい読んだが、それは主に素敵なドレスや服装のイメージからくる憧れだったと思う。(田舎娘だった私は、先生以外は見たことがなかったけど。)
 アイドルやモデルのような芸能人は、まだ少女アイドルの時代じゃない。歌手は歌が特別上手い子が和服を着てステージに立つ専門職というイメージで、また親も「娘を芸能人にするなんてとんでもない」という時代だった。

自分語りが長くなってごめんね、いろいろ思い出して…
 田舎の小娘(私)がひとり絵修業で描いていたた人物画のお手本は、細川知栄子、忠津陽子、細野みち子、高橋真琴などなど。白帳に絵を透かして、トレスして練習した。
 星の輝く大きな目とまつ毛。
 ふわふわと揺れる巻き毛。
 ギャザーやドレープやフリルやリボンやレースいっぱいのドレス。

 親とかまわりの大人には全く理解されなくて、絵修行には障害が多かった。「おにんぎょさんなんか真似して」とか。「非現実的で不健康でかわいくない」とか。なぜ大人にはこのかわいさステキさがわからないんだ!と憤りながら、しかし私が描き続けた理由は……それは現実の自分にはありえない憧れの姿だったからだ!
 1960年代ですね、はっきりいってこんな少女マンガのヒロインのような髪形や服の子はいなかった。当時の小学生女児は、髪はぱつんぱつんのおかっぱ。髪の長い子三つ編みがキマリ。服だって、こんなびらびらと布を無駄に使ったブラウスやスカートなんか売ってるわけないし。革靴もカバンもアクセサリーも、マンガの中でしか見たことがなかった。
 着せ替え人形も、雑誌の付録で紙の着せ替え人形で遊んでて(リカちゃんやバービーは高くて買えなかった)私は自作の女の子にひとりひとり名前をつけていた。ジェニーとかキャサリンとかヘレンとか、みんなガイジンカタカナ名。漠然とした憧れがガイジンにはあった。というのも外国のことをよく知らないから。アメリカといえばテレビで見たドラマのイメージで、でかいアメ車と芝生の庭とすてきなキッチンのある家。フランスはシンデレラのようなドレスの国、みたいな間違ったイメージを抱いていた時代だった(^_^;)
 それで「愛の泉」が、当時の現実のファッションをどのくらい反映しているは、私は当時小学生だったから、実はあまりよくわからない。連載が1970年だから、フォーリーブスが人気だったころ? ジュリオの髪形は、もしかしたら保守的で流行遅れかもしれない。ザタイガースが解散(1871年)したとき、もっと髪は長かった。

オーストリイ国の謎
 それで、連載当時から疑問だったのが、オーストリイ国がどこなのか?ということなんです。
 今まで漠然と、オーストリアのイメージで思い込んでいたけど、読み返してみるとちょっと違う。途中でジュリオが地中海の島々を案内するシーンがあって、どうも地中海に面した国らしいのです。とするとギリシアより東側か、ひょっとかするとイベリア半島かアフリカ大陸側か。
 ジュリオの婚約者として登場する、ギリシアの姫。え?ギリシアって王国だっけ? 実はこれは設定的には正しくて、1974年まで王制だったようなのだ。さっき調べた。あれ?ギリシアっていつから王制だったの?古代は民主主義発祥の国じゃん?と思ってこれも調べた。オスマントルコから独立したとき、東ローマ皇帝の血を引く王を迎えたという経緯がある。ヨーロッパ史は難しい。
 そして、物語のラストでコレラの流行が出てくるのだけど、「ベニスに死す」の映画もコレラだったけど、1971年だからそれよりも先。わりと一般的によくある疫病流行らしくで、赤痢とは違う病気らしいです。

愛の泉に出てくる人々
 これは「王家の紋章」でも同じ原理が働いているが、登場人物にはふたつに分類できる。
(味方)朝子とジュリオを応援する人。
(敵)2人の仲を邪魔する人。
 2人を理解し、応援してくれる人物は少なくはない。朝子の弟、先生、ジュリオの国の大臣や護衛官や乳母。ただ物語を左右するほどの権力者ではないから、それで2人の立場が良くなったりするわけではない。
 そして2人の邪魔をする人物は、だいたい社会的立場的が強い。ジュリオの両親である国王夫妻、ジュリオの従兄弟、政権を狙う男、ギリシアの王女、王女付の乳母など。ジュリオの王子と言う身分でもひっくりかえすのが難しい立場の人々なのだ。
 ただ、2人の邪魔をするからそれが悪人かというと、そこが微妙な描かれ方をしていて、この中で本当の悪人はオーストリイ国の政権を狙っていたマリウス公とその部下の暗殺野郎だけだ。恋のライバルである王女さまやジュリオの従兄弟レナンドは恋愛が動機で動いているだけであって、悪人というのとは違う。
 お姫さまやレナンドの退場の仕方はちょっと意外で、なんていうか「恋の大勝利」という達成感はイマイチかな。なるほど、私がこの作品の結末を覚えていなかったわけだ(^_^;) それはつまり、恋のライバルを打ちのめして勝つ、という結末にためらう作者の思いやり?かもしれない。
 傷ついて去って行く恋の敗者が、恨みや未練を残さない。そういう形なのだと思う。レナンドがしょうがないとして、お姫さまの方はもうちょっと何か動機や理由を補強してもよかったかな。え?なんで?(@_@)てびっくりしたわ。
 レナンドは、昔連載で読んでいたとき、力ずくで朝子に迫ってくる、もっと怖い印象の悪役だった。今読み返すと、扱いに困る奴程度の人だったとわかる(^_^;) むしろジュリオの護衛官?で、職務には忠実だけど、心の中では朝子に横恋慕のカールの方が怖い。彼が悪人になる展開もありえたが、そこには踏み込まなかった(^_^;)
 それと、クラスメイト?で朝子をいびっていた金持ち娘は、途中でどっかに消えてしまった。よくよく考えると、朝子へのイジメがジュリオに出会うきっかけにもなっていたのに(^_^;) お話がオーストリイ国の天下国家の規模の話になって、出番がなくなってしまったのは、よく読めば彼女だけではないかもしれない。

半世紀ぶりの再会で
 ストーリーマンガが理解できるようになった思春期前期に読んだ作品なので、強烈な印象とともに記憶にすりこまれていた。何を読んでも感動する感性を持ち合わせている年ごととはいえ、次から次へと事件事故が発生する怒濤の展開に、かなりしびれたのだろう。展開も速くて、毎週が山場みたいな(^_^;) 週刊連載てこういうものなのかもしれない。
 読んだはずなのにまったく覚えていなかったこともあって、例えば日本での朝子の就職先とか。そもそも朝子がなぜイタリアに留学していたのかも忘れていた。ジュリオについては、日本に留学していたこととや、一度は王子の地位を失っていたこと、カールの存在とか、はまったく記憶になかった(^_^;)
 つまり、物語の結末にいたるに直接影響しない枝葉の部分は、さっぱり記憶されてなかった。私はわりと正しくストーリーを記憶していた、ということだ。なかなか賢い子供だったな、自分(^_^;)

 この作品で感銘をうけていたので、それが後の「王家の紋章」を手に取る動機につながったのはある。
 書店でみかけたとき「細川知栄子、なつかし〜。この人昔と全然絵が変わってないな」が手に取った動機だった。もし細川先生が時代に迎合して絵柄が変化していたら、「愛の泉」が鮮明に記憶に残っていなかったら、あの時「王家」を立ち読みすることはなかっただろう。作家の過去作品は今につながるものなのである。

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正岡
この記事を書いた人: 正岡
■生涯一腐女子。腐女子の本懐を極める。追っかけ中→小西克幸。市川猿之助。松田龍平。蒼井翔太
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