聖徳太子は蘇我入鹿である

「聖徳太子は蘇我入鹿である」関裕二著

 ご本で古代史探訪。
 前回は同じ著者の「天武天皇」について読んだ。(この記事
 この本は、それよりも少し遡って、聖徳太子について。あとがきによると、これがデビュー作らしい。

 率直にいって、何がどうして聖徳太子が蘇我入鹿であるということになるのか、本文読んでても頭の悪い私にはなんだかよくわからない(^_^;)
 タイトルは聖徳太子だけど、もっと前の神話時代の解読もあり、けっこう遠大な内容である。なるほど読みごたえもあり、面白かったです。
 続きの持統天皇編も読まなくちゃ…




 前にも書いたけど、学校で習う古代日本のイメージって、とてもあいまいだと思う。
 例えば神武天皇。日本史の授業では神話扱いだけど、大和朝廷の成り立ちでの現実の出来事のなにがしかが神話に投影されていると思うから、やっぱりそこは無視して通ることはできない。
 東征とか、どんなイメージかというと、九州を出発して荒野に分け入っていって、そうだここに国を建てよう(`・ω・´) ファンタジーRPGみたいなかんじかな。私は、古事記日本書紀の神話を最初に呼んだのが小学生向けの本だったので、そんな貧困な印象(-_-;)なんだと思う。実際には、神武の建国以前にいたニギハヤヒって誰?それは王朝にカウントしないのか?あとからやってきて統治権よこせとかなんじゃいな?な話だ。
 本書では、聖徳太子の謎は、国の成り立ちまで遡って考える。物部氏蘇我氏はどこから来たのか?という謎から解かなくはならないからだ。
 著者は、神話を復元するに、アマテラス系とスサノオ系のふたつの国が連合合体してできたのが古代の日本だと考える。物部氏蘇我氏はどこからともなく出てきたのではなくて、スサノオ系統の出身、つまり大王や皇后を出す家系なのだ。
 あれ?そうなのか?日本史の授業かなんかで蘇我氏は渡来系ではないかとか習ったような気がするけど、だから漠然と天皇家にとりついて?皇后をねじ込んでくる傲慢成金豪族(^_^;)なイメージ抱いてた。これって蘇我馬子の悪役イメージに影響されてるの?
 それで、神武から大王は脈々と続いているかというと、実は話はそれほど簡単ではない。記録上は一人の大王が代々続いていることになっているが、実際には並立していた、あるいは断絶があったと考える。
 実は推古天皇時代も疑わしい、というのである。
 この時代、隋の使者が来日している。隋側の記録では、国王に会ったことになっているが、それは誰だったのか。それは聖徳太子その人だったのではないか。
 文献に登場する聖徳太子には謎が多い。まずはやたら名称が多い。豊耳とか厩戸とか上宮とか。
 日本書紀に一度しか名前が登場しない馬子の長男?蘇我善徳、これが聖徳太子の本体ではないか?

 あ、だめだ自分で書いてて意味がわからなくなってきた(^_^;) やっぱりちゃんと理解できてないな。あとで読み直すわ(^_^;)
 前に読んだ本と違うことが書いてある。作家も次々本を書きながら、いろいろと考えに考えているのだろう。
 とりあえず、興味津々で持統編につづく。

 

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