Wizardry 問わず語り
2015年01月06日

友と一緒に旅立つRPG

私が最初に手にしたWizはFC版2-リルガミンの遺産だった。
1989年当時、私は「キャプテン翼」のファンをしていて、それのソフトが出ることが決まっていた。
「ゲーム機なんか絶対買わない、だってくだらな いもん、ゲームで徹夜? ばっかじゃねーの」
なんて思っていた私だが、愛する日向君のために「しょーがねー、買うか…」と、まず本体を買った。しかし翼の ソフトは発売が遅れた。
そこで私は「翼」が出るまで何か買ってみようと思った。何しろ当時、ファミコンは2万円近い高い買い物だった。ソフト1本では不経済な気がしたのだ。
それで、いつものオモチャ屋さんのケースを見ていて、ふと目に留まったのが「Wizardry2-リルガミンの遺産」だった。
タイトルは「魔法」を意味している、きっとファンタジーだろう。しかしそのパッケージが印象的だった。紺色の箱に、箔押で龍の紋章。何かきっとすごくシリアスでアダルトで崇高な世界が詰まってるような気がした。
わりと値段が高かったが、私はまるで魅入られたように買ってしまっていた。
そして家に帰ってすぐ電源を入れた私は、呆然と画面を見ていた。
「???」
そこは、いきなり文字だらけの世界だった。RPGというのはドラクエのようなものだ(画面は見たことがあった)と思っていた私は、パニックになっていた。(97.6.23記)

「こんなゲーム面白いのか?」
最初に抱いた私の感想だった。何かとんでもないものをつかまされた気分だった。しかしウィズは当時けっこう高価な買い物だった。ファミコンソフトが3~4000円程度だったのに、ウィズは確か5~6000円ほどした。これはやっぱり一応やらないともったいない。
私は実践主義である。マニュアルを予め読むようなことは絶対しない。まずコントローラを持ってソフトを起動させ、あれこれ動かしてみてからマニュアルを読む。…というわけで、私はとりあえず最初から入ってる6人に適当に名前をつけて、無謀なことに2人だけ試しに動かしてみた。(このへんまではマニュアルを 見なくてもわかるシステムだ)
最初に遭遇したモンスターはダスター。「扉にかかれ文字はバラック」のあたりだったと記憶しているので、ダンジョンに入ってほとんどいきなりだったわけだ。もちろんあっという間に全滅した。しかし私には墓石の意味すらわからず、いきなり城に戻されて「???」だった。
わけのわからないまま「ドラクエみたいな4人パーティでないとあかんのかな?」と、再び無謀にも残りの4人でダンジョン入り。さっきの“バラック”を通過したあたりで、今度はジャイアントスラッグに遭遇した。もちろん手も足も出ないまま全滅した。
私はそこで初めてマニュアルを最初から読んだのだった。
それで、種族があること、自分でキャラクターを作ること、6人パーティであること、魔法は回数制限があること、3Dダンジョンであること、死体は自力回収であることなどを理解した。
「このゲーム、最後までやれるんだろうか?」
その時抱いた不安だった。しかし高価な買い物だったので、半ば義務感で町外れの訓練場に出向いた。
だがしかし、思ったよりウィズとの相性はよかったらしい。「ギルガメッシュの酒場」「冒険者の宿」「ボルタック商店」…ドラクエだったら、レゴワールドの ようなカラフルなお店グラフィックが表示されるのに、ウィズの世界では「看板文字」に「いらっしゃいませ。○○さん」のコメントのみである。この文字の羅 列でシーンを想像しろと? 私の脳みそは暴走して、たちまち西欧風のヒロイックファンタジーの世界に耽溺していた。(97.6.30記)

さっそくマニュアルのおすすめどおり、戦士2、僧侶1、盗賊1、メイジ2という標準型パーティを作った。キャラクターのネーミングは「もも」「とがし」「とらまる」「ジェイ」「ひえん」…など、当時熱血して好きだった「魁!!男塾」の面子だ。ただ、標準値のキャラしか作らなかったので、序盤は全然弱くて、あっと言う間にモートモンスターに全滅をくらった。
めげるな!
まずは出たり入ったりを繰り返して、メイジがマハリトを覚えたあたりで、少しずつ奥へ…奥へ…と距離を延ばした。
しかし…私はまだWizというゲームをなめていた。ダンジョンって言ったって、たかがファミコン…と思っていた。だからマルと線の覚書程度のメモしかとっていなくて、帰り道がわからなくなってしまったのだ! 引き返そうにも、いったい私は今どこにいるの? そのままあっさり全滅した。
私はマニュアルを読み直した。
このゲーム、ただものじゃないぞ。マニュアルどおり、ちゃんと方眼紙にマップを作らないとだめなのか! そのためにデュマピックの呪文があったのか!こんなことなら始めからマニュアル通りにやればよかったな…と思いながら、またまたキャラを全部消去して、キャラ作りからやり直す。でも不思議といやではなかった。
そして今度こそ、地道なマップ作りをした。これが意外と面白くて、少しずつできあがっていくマップを眺めることに、何とも言えない充足感を覚えた。そうか、Wizってこういうものだったんだ…!
だが、私はまだまだWizの真の恐ろしさをわかっていなかった。
まだ2階を全部クリアしていなかった時だ。マップの書き込みをどこかで間違えたらしく、ダンジョンとマップが一致しなくなった。城に帰れるはずが、扉も通路もない!
だーっと全身から汗が噴き出した。どうするんだ? もう戦闘の余力はないぞ!
だが、こう時に限ってすぐモンスターが現れる。まずメイジの呪文が尽きる。次に僧侶の呪文が尽きると、真っ暗で体力回復もできなくなった。そして次に戦闘で戦士が倒れ、メイジが即死。パーティがぼろぼろになっていく。気のせいか、パーティの面子が減ると、モンスターも出現しやすくなるようだ。戦闘できる状態じゃないので逃げまくり、余計に迷子になる。さらにまた一人倒れ、とうとう盗賊・虎丸一人になってしまった。
しかし、虎丸は最後までがんばって逃げ回ったけど、とうとう帰ることはできなかった。私はコントローラを持ったまま呆然と座っていた。画面には6つの墓石が一瞬映り、再びリルガミンのテーマが流れていた。(97.7.7記)

ここまで来るのに、私は3日間徹夜をした。噂に聞く「ゲームで徹夜」というのを初めて、しかも3日も続けたのだ。
いや、もちろん2~3時間は寝てる。亭主が出勤してから昼近くまでほんの2~3時間は寝た。しかし、のこりの時間は、食事をのぞいてずーっとWizをやっていたのだ。それを3日間続けた。さすがに4日目には意識不明になって、夕方まで寝ちゃいましたが…。
「こ…これがゲームで徹夜…というものなのか…!」
ばかなことをしていると自覚はあった。でも自分の意志ではどうにもならなかった。まるで魅入られたような魔法の力、迷宮の吸引力、これがWizだったのね…。私はWizの本当の恐ろしさをやっと実感していた。
さて、全滅をしたパーティは、ゲームを開始して以来のハイレベルで、それなりに装備もあったので、何より私の一番かわいい「ひえん/エルフメイジ」がいるので、私はとにかく遺体の回収を決意した。
Wizの世界をご存じない方のために説明すると、Wizではドラクエのような自動復活はないし、FC版の場合FFのようなセーブ地点からやりなおしでもない。オートで記録されてしまうからだ。この世界では全滅したパーティの遺体は現場に残される。それを別のパーティが回収して「カント寺院」に連れて行って、誰かがお金を払って、やっと生き返るのである。
ご存知のとおり「リルガミンの遺産」は、二つのパーティを用意しなければならない。ところが私は中立のキャラをかけ持ちさせていたので、全滅した場所にいける部隊が揃わなかった。
そこで急造捜索隊を編成。モートモンスターの回りをうろうろさせて、ちゃちゃちゃっとレベルを上げて、効率良く回収するために4人編成で出発したのだ。全滅箇所は比較的に階段に近いようだ。なるべく戦闘は避けて、素早く引き返す手筈だった。
だがこのパーティは…遺体回収どころか、現場到着前に全滅した…!! 4人だからモンスターも出やすいのだ。いわゆる二重遭難になってしまった。
訓練場の名簿には、死亡者はすでに10人になっていた。
残りは、戦闘経験の全くないようなレベル1のキャラばっかりで、私は呆然と名簿を見ていた。
私は、めまいを覚えながら、死亡したキャラを消去して、全く同じ名前の同じキャラを作り直したのだった。頭はふらふらしていた。(97. 7.14記)

この頃は全滅の話題には事欠かない。何しろ私はリセット技というのを知らなかったのだ。
あまりに何度も全滅してキャラを作り直しているので、何がいつ起きた事件なのかはもう記憶がごちゃごちゃになっているのだが、これは最初に3Fに上がった時のことだったのは間違いない。そこそこ順調で冒険のみちのりはのびて、ゲームを始めてから一番レベルもあがったので、意気揚々と3Fに行ったのだ。
バタンと扉を開けて、出合い頭にコモドドラゴンの一群と遭遇した。モンスター側の先制攻撃で、なんとブレス攻撃をくらってしまったのだ。私はなすすべもなく、6人がばたばたと倒れていくのを涙ながらに眺めているしかなかった。ブレス攻撃では前衛は盾にもならず、向こうの1ターン目で全滅してしまったのだ…
もう涙目で遺体回収に出向いて、二重遭難に陥ったことは前回述べた通りである。
さてWizでは、この遺体回収の後の復活劇がまた一騒動なのである。
その時、男塾パーティは「ひえん」と「げっこう」の二人の犠牲者は出したものの、なんとか城に帰りつくのには成功していた。城に到着すると同時に、遺体はパーティからは自動的に抜けて、カント寺院に収容され、復活を待つのである。
男塾の筆頭「もも」は金をかきあつめて、カント寺院を一人訪れたのだった。
死者のレベルによって料金がちがうのは、他のゲームと同じである。カント寺院のいい値を支払い、「いのり‐ささやき‐えいしょう‐ねんじろ」と、お題目をとなえたあと「げっこうはげんきになりました」と生き返るはずだった。
でも「ひえんははいになった」のである。
私は慌ててマニュアルを見た。Wizの世界では、教会の力はパーフェクトではない。復活に失敗すると遺体は灰になってしまうのだ。灰からの復活も可能だが、一度失敗したくせにカント寺院はさらに費用をさらに倍額要求するのだ。
私はわけもわからず、さらに倍額を支払って復活を依頼した。
「いのり‐ささやき‐えいしょう‐ねんじろ」
「ひえんはまいそうされます」
カント寺院からひえんの名前が消えた。
え? なに? 埋葬されたってどこに?
私はいそいで町外れの訓練場にかけつけたのだが、名簿の中にひえんの名前はすでになかったのだ。彼はこのゲームのデータ上から、完全に消滅してしまったのだ。たくさんの大事なアイテムとともに!
さすがにショックで、その日は畳に額がのめり込むほど落ち込んだです。
Wizの世界には墓標もないのだった。 (8.30記)

ひえんは何度も大事なアイテムと共に消えたキャラだった。
魔法使い、もしくはビショップの職業で、持てるかぎりの高価な装備を買い与え、拾った?特殊アイテムも真っ先に彼に与えた。そして彼はそれを装備したまま、カント寺院で、もしくは戦闘中の復活に失敗して消えていった。
もちろん彼の消滅も悲しいけれど、高価な装備、特殊なイベントアイテムも一緒に消滅してしまうのは、なんとも苦しかった。装備の数の多い戦士系では余分な荷物を持てないので、どうしても魔法使いのひえんが大切なアイテムを預かることになるのだ。
実は私は、遺体からアイテムが外せることを知らなかった。城に入る前にキャンプを張って遺体から消えて困る装備や金を外せばいいことに気付いたのは大分後だった。ついでながら、一旦カント寺院に収容された遺体をもう一度パーティに参加させて装備を回収できることも、後で気がついたのだった。
パーティは、ひえん一人の犠牲者で城にたどり着こうとしていた。パーティは城に入る一歩手前でキャンプを張り、ひえんの装備と所持金を外した。
ひえんの装備の中に“きんのティアラ”があった。Wiz-2の世界では特別に珍しいものではなかったが、ヘルメットを装備できない魔法使いにとって、とてもありがたいアイテムなのだ。“きんのティアラ”私は細かい透かし彫りの入った可憐な輪を想像していた。そしてただの文字情報でしかない「ひえん」にこれをかぶせて、うっとりとしたものだった。
ひえんはエルフのせいか、生命力も運も悪かった。復活には失敗して、パーティには所持品が残された。用のない装備を持っているパーティの面々。それはなんとも悲しい眺めだった。
私は訓練場に出向いて、再びエルフの魔法使いを作った。いつものように1時間くらいねばってなるべく特性値の高い魔法使いに。
ギルガメッシュの酒場には、「もも」や「とがし」たちが待っていた。
「おかえり」
そして生まれ変わりのレベル1のひえんに、魔法使いの装備を手渡してくれた。パーティは、まずはひえんの魔法の練習(レベル上げ)にみんなでダンジョンツアーお手軽コースに出発したのだった。
ひえんの復活の失敗など、私はもう忘れていた。これだったら…これだったら、キャラクターの消滅も怖くない。また同じ装備をして、何事もなかったかのように冒険をつづければいいのだ…
(9.8記)

全滅して遺体の回収は、Wizでは一つのイベントである。愛着のあるキャラクターや大事なアイテム持ってたりすると、涙をのんで回収に行くものなのだ。遺体もパーティのうちなので、最大6人パーティとして、1人回収なら5人で出向く。6人全滅した場合、6回回収に行かなければならない。この手間ひまかかるところがとってもWizなのである。
全滅自体は悲しいが、それも一応ゲームのうちであるのだ。
だが、私はもっともっと悲しい事件に遭遇したことがある。
それはFC‐2「リルガミンの遺産」を半分ほどこなした頃のことだった。リセット技も覚えたし、マーフィーズゴーストでの経験値も覚えたころのことだった。
その時、ダンジョン探索中だった。
突然、画面がモザイクのようになって止まってしまった。
「?????」
仕方がないのでリセットする。ちくしょー。えーっと私、何階にいたんだっけ?と「ぼうけんをさいかいする」をコマンドする。
すると画面表示はこうだった。
「めいろのなかにはだれもいません」
な…なに? 私は(パーティは)ダンジョン内にいたはずだ。そこでリセットすると、だいたい直前に戦闘を終了させたあたりでパーティがキャンプした状態から再開することになっている。
おかしい……。だったら全員城にもどってしまったのか?
私は訓練場に行って呆然となっていた。訓練場にも誰もいなかったのだ。真っ暗。
ああ…… そこで私は初めて理解した。いわゆるバグったというやつだ。メモリのデータがぜーんぶ吹っ飛んだのだ。
この時ほど落ち込んだことはなかった。FCカセットが壊れたなら諦めもついくだろう。しかし壊れたのはデータであって、FCではない。何の異常もなくFCはそこにあるのに……
さすがに、その日はもうやる気も失せて、私は黙ってふとん被って寝ちゃいました。(9.24記)

今回は末弥純先生のことを描こうと思う。
私が始めて末弥先生の絵を見たのは、コミケットだった。愛知県民で大学生だった私が初めて、わざわざ東京くんだりまで出向いたコミケットだった。いや、二度目だったかな?
某美大の学漫で、私は初めてその絵を見たのだった。
当時、末弥先生はの油絵科の画学生だったのである。
アニパロやゲーム隆盛の近年と違い、当時はオリジナルマンガが中心のコミケットだった。その中で、美大の学漫というのは超穴場だった。絵の上手いことは請け合いだからだ。
しかし、その中でも末弥先生は格別だった。
これはぜひサインをもらわねば!と、ミーハーな私は思った。今にして思えば、私も先を見る目があったわけだ。
その次のコミケットで、私は真っ先に、その美大のスペースに行った。
そこには油絵が飾られていた……。裸馬にまたがった少女の絵だった。ああ、これって末弥って人の絵だ……というのは、すぐわかった。
「あの… この絵を描いた人はいますか?」
スペース内には女性数人が売り子をしていた。
「すみません。この人は今日は来てないんです」
くそー。わざわざ愛知県から来たのに。
仕方がないので、末弥純の参加している会誌を買う。個人誌もあった。
こうして、私は末弥純氏の油絵は拝めたものの、サインはもらいそこねた。
末弥氏の在学年はわかっていたので、卒業したらどうするのだろう?? マンガ家にでもなるのだろうか?と、実は私は期待をしていた。すると、ほどなくSF雑誌で名前を見つけた。
なるほど。
それからしばらく、末弥先生の作品とはご縁がなかった。ファミコンを買った後、たまたまパッケージに魅かれて買った「Wizardry」に、「モンスターデザイン/末弥純」を見つけた時はそれは驚いたものだった。
しかしFCグラフィックは小さくて……。モンスターイラストの満載されたWizの攻略本を私は穴が開くほど見つめた。(10.5記)

やはりWizは末弥先生の絵のイメージが大きい。もちろんゲームそのものは面白い。末弥先生のイラストでなくても私はハマったはずだと思う。しかしPS版やSS版、本家のパソコン版などでWizを見ても「やっぱりFC版だな……」と思ってしまうのは、それは末弥先生のおかげであるのだ。はっきり言って、本家のよりかぜーんぜんカッコイイのである。
末弥モンスターで印象の強かったもの。
私は実は「アークデーモン」だった。炎の鞭を持った、角のある若い男だった。このイラストを見た時、何かもやもやとするものが沸き上がって、私はWizのストーリーを描く気になったのだった。インスピレーションを受けるというのは、こういうことかもしれない。
それから気になったのは「エルフメイジ」だった。ぜひぜひダンジョンでお会いしたい!と思った。
女性キャラなんぞには目もくれない正岡さんであった。(笑)
末弥先生の絵は若い男性がすごいキレイで、二次コン(二次元に描かれたキャラが好きという性癖)の私にはクラクラくるものがあります。
女性キャラは、なぜかえっちな感じがしなくて、ティーンくらいの女の子がいいですね。
ミーハー動機は置いておいて、末弥先生のおかげで、曖昧にしか知らなかった西洋ファンタジーのイメージがかなり正確に、そして美しく豊に表現されている。これはWizのゲームイメージを大きく左右してる。特に、衣装、装備、そしてドワーフやノームなどの異種族は、日本人には馴染みがなく、具体的にはよく知られてなかった。
そしてドラゴン、ゴーレム、ゾンビなど、お馴染みのモンスターにしても、自分で想像するより数段カッコイイのだから、脳みそが芯からくらくら来てしまうのだ。
Wizの続編は、ぜひぜひこのイメージで行きたいのだが……(10.27記)

Wizについて語るとき、どうしてもこの人のことを述べねばならない。
音楽ファンでなくとも、この人の名前は多分誰でももうご存知だろう。テレビ朝日の「ニュースステーション」にしばしばピアノの生演奏で出演しているのを見た人も多いだろうし、NHKの音楽番組などにも多く出演している。
私が初めてWizを手にしたのはFC版‐2「リルガミンの遺産」だった。その神秘的にして、つつましやかで品のいいパッケージに羽田健太郎の名前を見て驚いた話は、前にも書いたような気がするが、同時に多いに期待をもって電源を入れたものだった。そして、その期待は決して裏切られることはなかった。
Wizのロゴと欧風の荘重なテーマ、くらくらと脳天からしびれた。
当時のFCの音楽は、たった3音。バッハのインベンションの最初の方の3声…みたいなものなのだ。しかも、ピ!とかプ!とかの、あの音色である。しかし、それでもしびれた。
2で、一番きたのは、町外れのテーマ。この曲は、キャラクターメイキングをする時、延々1時間あまり聞いている羽目になることもある。ゲームのBGMというのは、基本的に同じメロディの永遠の繰り返しである。それなのに、何時間聞いていても気持ちがいい。信じられないことだが、本当にそうだった。ゲームしなくても、BGM代わりに流し続けたくらいだ。
音楽はやはり魔法だ。
脳みそをしびれさせてしまう、ガード不能の魔法だ。
そして、羽田先生は、偉大なる魔法使いだったのだ。
私は早速、近隣のCD店をくまなく回って、Wizの1と2のCDをゲットした。もちろん3も、発売と同時に買った。そして毎日、一日中聞いていた。
私は、この3枚のCDはまだ聞き飽きずに、頻繁に流しております。
ちなみに、好きな曲は、町外れのテーマと冒険者の宿です。(3枚とも)でも、どの曲もみんないいから、このCDは傑作なのだ。
(11.4記)

今回は、羽田先生のことについて。
コミケットに来るアニメおたくにとって、羽田先生は偉大なる大魔法使いにして音楽の伝導師である。おたくな我々にとっては、とても縁の深い方なのだ。
初めて私は羽田先生の名前を知ったのは……非常に記憶があやふやだが、私の場合、「科学忍者隊ガッチャマン/劇場版BGM」のLPレコードだった。多分。「交響組曲 科学忍者隊ガッチャマン」の中で、華麗なピアノ演奏をしている。それが羽田先生である。
ガッチャマンには劇場版何度かあって、これは「宇宙戦艦ヤマト」のブームの頃、劇場用に再編集されて上映された時のものだ。その時、BGMがすべて書き直されて、「交響組曲ガッチャマン」となった。
この事自体はよくあることで、当時のTV放送はモノラル録音なので、劇場版になる時は録音とりなおすなどする。ヤマトも実は書き直されている。ところがガッチャマンの場合、なぜかオリジナル作曲者のボブ佐久間ではなくて、すぎやまこういちが書いている。(実は事情は私は知らない)その上、演奏はNHK交響楽団である。なんでボブ佐久間じゃないんだ?と疑問に思いながら、ま、N響のLPなんて嬉しいぞ……と思ったことを覚えている。後年、すぎやま先生がドラクエでやったことは、ガッチャマンですでにやっていたのだ。
このLPに、羽田健太郎の名前がある。ピアノ演奏で。羽田先生はピアニストとして当時、有名な方だったようだ。LPの解説書の中にも、クラシックはもちろん、ジャズもポップもこなせるハネケン(羽田健太郎のニックネーム)…と紹介されている。この頃のアニメのLPで、ピアノソロをしばしば披露していたように思う。
そして、その後の羽田先生とアニメについて。
このあと、羽田先生は作曲家として出てくるようになる。
記憶の中で順番がはっきりしないのだが、まずは「バルディオス」。最終回まで放送されず、地球が水没するところで終わってしまったSFロボットアニメ。ちょっと観賞には耐えられない出来だったが、このOPとEDがいい曲なのだ。こんなアニメにちょっともったいないぞ……と言われていた。
それから「宝島」。これは出来のいいアニメだった。主題曲がまたよかったの! BGM集ももちろん買った! サイコー! ヒット曲集の方にはBGM集に収録されてないのもあるので、両方買っちゃった。
「マクロス」これはLPが売れて、確か賞をとったように記憶している。アニメそのものは嫌いな作品だが(私は軟弱な主人公は嫌いなんだ)それでもシングルレコードは持ってる!
「サミアどん」のエンディングが羽田さんの作曲だったので、買った。
「ムーの白鯨」……は実は見てない。これも担当したはずである。前に揚げた曲はもちろん全部歌えるけど、これはちょっとレコード持ってないので歌えないです。ごめん。
羽田先生の曲は、エンディングなどに書かれるバラードのメロディに特徴がある。演奏してて、脳みそが気持ち良くしびれるような感じ。これはWizでも同じだね。感傷的でも感情過多でなく、その抑え目加減がなんとも上品な感じがする。
(12.27記)

ここは、原則的にファミコン版のWizで語られている。ファミコン版を最初に手にした時から、これが元々外国のゲームであることはわかるし、攻略本を買えばさらに、これが元はアメリカのパソコン用のゲームで、それが国産用パソコン版があることもわかった。
しかし、私はパソコン買ってまで元のWizをやりたいとは思わなかった。なぜかというと、パソコンのはモンスターと音楽が違うからなのだ。(え?音楽ないのだっけ?)やはり最初にやったファミコンの刷り込みがあまりにも強烈だったせいか、そこまでは動かなかった。興味がないわけじゃなかったけどね。
スーパーファミコンが世に出たとき、「えーファミコンに続いてもっと高いもの買わせるのか、任天堂はー」とか言っていたのに、Wiz5-メイルストロームがSFC版になって登場と聞いて、「しょーがねー、買うか」になっていた。でもWizの発売は遅れたので、SFCで最初にやったゲームはWizではなかった。
SFC版Wiz5(機種依存文字が使えないので数字)は、何と言っても画面いっぱいに表示されるモンスターやイベントグラフィックが魅力。ついでにBGMもじっくり聞けるし。
その次のWiz6-禁断の魔筆は、実は私は最後までやっていません。だから面白いかどうかはわからないのですが、私は最後までもたなかったんです。やっと事と言えば、キャラの顔を作ったことだけ。
なんででしょう…。うーん。動くモンスター? 複雑なイベント? 魔法の言語体系の変更? ギルがメッシュの酒場やボルタック商店がないから?
あの音と動きのあるモンスターは、確かに興ざめする。単調な動きを繰り返すだけなんだから、それよりも大きくてきれいな静止画像の方がいいなーとか。だって、自分の頭の中ではもっといろいろ想像しているのに。
興ざめと言えば、魔法言語が変ってしまったこと。ファイヤーボールとかスリープとか、そのまんま現代英語みたいな魔法は、なんかそれって違うぞ…と思ったのは私だけなのか?
(2.25記)

あの新しい魔法の言語体系はちょっとがっかりな変更であった。
資料などの情報によると、現在のWizはシリーズ当初のスタッフとは入れ替わっていて、最初の魔法言語体系には著作権があって、なんかそれで新しいのになったらしい…ようなことを読んだけど、どのような事情があろうとそんなことはユーザである私には関係ない。
Wizの新魔法言語はいただけない。スリープとかファイヤーボールとか、すげーわかりやすいのはけっこうなことであるが、全然「魔法」って感じがしない。
最初にWizというゲームに入ったとき、苦労したことのひとつが、この魔法言語だった。意味が全然わからないので、スペル表がないと何もできなかった。一生懸命魔法を覚えて、だいたい意味がわかってきた時は、本当に自分が魔法使いになったような気がしたものだ。
ファンタジーの定義は「剣と魔法」である。しかしだ、この魔法が現代英語そのままというのは、なんだかつまらないではないか。
我々日本人にとって英語は、言語体系の全く異なる言語である。だから英語そのものの語感に異国情緒を感じるから、日本製RPGに英語的な魔法言語が出てくるのはわかる。しかし、アメリカ人はこれでいいのか? わかりやすければいいのか?
英語が世界標準になったのは、ついつい近年のことのはず。それ以前は、スペイン語やフランス語だったはず。音楽はイタリア語でしょ? 宗教の世界ではどうなの?
ヨーロッパの言語のことはよく知らないけど、ケルト神話とか古い時代のモンスターが出てくるゲームなんだよね、これ。
(4.5記)

昨今の家庭用ゲームはハード性能が昔とは比較にならないほど向上したので、画質や音質が飛躍的に美しくなった。またゲームの表現や情報を文字だけに頼らず、画像でできるようになった。
画像を美しく自由に表現できるようになったことで、ゲーム人口は増加した。世の中の人には画像の方が受けがよく、それがゲームの間口を広げてきた。ミリオンセラーは画像表現に重点が置かれたソフトなのである。
だが私は正直なところ、美麗なムービーだの充実したグラフィック画面というのはあまり楽しいとは思っていない。中途半端にキレイな画像は結局それにしか見えず、私の自由な空想を妨げる材料にしかならないからだ。
例えばRPGで考えてみるが、ファミコンとプレイステーションではどっちが感動したかというと、やっぱりファミコンの方がうんと感動が大きかった。それはFFでもWizでも、まだ発売されないドラクエでも多分同じことだ。シルヴァサーガよりもミネルバトンサーガの方が、数段感動した。
人は空想する生き物である。空想よりも美麗なグラフィックなどというものは、この世には存在しないのである。
ファミコン時代は極端に画像が乏しかった。ゲームの容量を押さえるために、色数は少なく極度に記号化されたわい小なグラフィックしかなかった。しかしそんな小さなドット絵を足がかりに、いろいろと想像することがゲームというものだったのだ。
誤解のないようにに付け加えておくと、画像に力を入れてユーザーの興味を引こうというメーカーの方向性そのものは、決して間違っているとは思わない。私がいいたいのは、解像度が高い、容量が大きい、技術が高いことそのものは芸術性とは全く関係ないということなのだ。
しかし、Wizで末弥さんのモンスターグラフィックを最初に見たときはショックだった。(注/攻略本)なにせ自分がゲームで空想したものより数段とカッコよく、美しかったからだ。たまにはこういうこともある。
(12.24記)

Wizファンには、このへんのこだわりのある人が多い。
限界までレベル上げは多くのWizフリークの目指すところである。シナリオクリアとは無関係に上げられるだけ上げて(普通に遊んだ程度ではそこまでいかないレベル(^_^;))、ひたすら猿のようにやりまくったという体験談はよく聞く話だ。
レベル上げに熱中するのは、それがWizに時間と手間をかけた証しであるからだ。
それだけでなく運にも左右されるのがアイテム集めである。
最初のシステムでは、ボルタック商店(アイテムショップ)に売り払った物がストックされる。これをアイテムリストとみなして、ザコアイテムから超貴重アイテムまでずらりと全部コレクションしてそれを眺めるのを喜びとするのである。
筆者はコレクション趣味がないので、実はレベル上げもアイテム集めもトライしたことがない。それでもこの趣味は何となく理解できる。この二つをクリアして、Wizのシステムのすべてを遊び倒したという実感に浸れるからだろう。(推定)
ちなみに筆者は、最低レベルでクリアすることを喜びとするタイプである。シナリオクリア後は、好みのキャラクター作りに専念する。こーゆーこだわりもWizである。
(98.1.30記)

リルガミンサーガが出た時にもよく言われたことだけど、まずキャラクター作りだけで第1日めが終わる。Wizはそんなゲームだ。
このキャラクターを作るという作業は、Wizにとってはとても大事なゲーム性だと思う。
Wizにはメーカーの決めたキャラクター像というものがない。メーカーの作ったシステム上のキャラクターは種族と職業、年齢、特性値、それに経験値がそのキャラクター性のすべてである。顔グラフィックすらない。もちろんセリフもない。それにもかかわらず、Wizでは始めにキャラクターありきなのである。
キャラクター性を決めるのはゲームをやる我々自身である。パーティ6人のネーミングを考えて、職業の割り振りを決める。キャラクターには種族があり、種族によって多少職業の向き不向きはある。またゲームの進行に適したパーティ編成もあるが、それらをあえて無視してキャラクターを構成することもできる。非常に面倒な作業であるが、こういうあたりがWizの魅力なのだ。
キャラクターメイキングをする時、ゲームはすでに始まっている。
ギルガメッシュの酒場のすみで陰気に一人で酒をあおっているやつれた戦士。ひとくせありそうな僧侶。無愛想にお高く止まった女魔法使い。リルガミンの城壁にもたれて夕陽を眺めてたエルフの戦士…。名前を入力しながら、プレイヤーの脳裏には様々なリルガミンの情景が浮かんでいることだろう。
Wizは想像するゲームである。顔グラフィックもなく、ただの文字や数字の羅列にすぎないデータを、キャラクターとしてリアルに想像することができる我々は幸せである。モニターの向こう側にはリルガミンの街とダンジョン、そしてそこに暮らす人々の広大な世界があり、いつでもそこに出かけることができるのである。
(3.12記)

Wizには固定のプレイヤーキャラクターがいない。それはつまり、プレイヤーの数だけの主人公像が存在するということだ。このページを作る前に私はFC版Wizに電源を入れ、過去のデータを見たのだが、それぞれのFCカセットにその時々の私が投影されていた。
キャラクター作成は、もちろん職業や特性値の決定でもあるのだが、ネーミングもまた重要である。数字に表れず、しかも作成した本人にしか理解できないかもしれないキャラクターの個性や魅力が、ネーミングには込められていたりするものである。
ネーミングにはいくつかセオリーがあるようだ。
1)自分や身の回りの人の名前をつける
教室の友達やカノジョなどの名前を拝借する。そのほか、教室の憎たらしいやつの名前をつける人もいるようだ。ゲーム中死んだりするので、絶対に自分の名前は使わないという人もいると聞く。
2)芸能人や有名人の名前をつける
好きなバンドのメンバー、プロ野球選手、歴史上の人物などである。
3)マンガやアニメ、小説のキャラクター名をつける
正岡は通常このパターンである。その時々に一番燃えてるものがキャラ名に反映されているので、あとでデータを見て非常に感慨深いものがある。
4)オリジナル
物語作家のように、すべてを自分でひねり出す。
5)その他
あえて人格を持たせたくないのだろう、商品名や企業名、認識番号風のネーミングもある。例えば食品関係の商品名はさすがに商品だけあって語感が抜群によいものが多いので、試しに使ってみるとよろしいかと。(例/ミルミル。ジョア。サプリ。ポッキー。きりり)
(99.9.26記)

正岡個人的には、このキャラクター作りが最ももえもえになるWizである。
買ったその日は延々とキャラ作りだけやっている。多分3日くらいはキャラクターをあれこれやっている。できたもんから潜らせては殺しちゃっていたのは、最初のFC版のときだけである。
もちろん特性値のいいのができるまでねばる…ということもあるけど、やっぱり悩むのは、種族と属性、そして職業と名前です。
だいたいいつもアニメとかマンガとかゲームのキャラで構成するんだけど、それでも種族はと職業を誰に何を割り振るかは悩む。例えば「鉄拳」でネーミングしようと思うと、なんか全員戦士が忍者か侍のイメージじゃない?(笑) 種族は人間かなあ? 三島系だけエルフとか…(わからない人には意味不明ごめん)
そして将来転職を想定して属性は何がいいか…と考え出すと、それだけで一日終わってしまうのよね。
結局、名前の割り振りは後回しにして「あ」とか「い」とか、適当な一文字のキャラを何度も何度もいいボーナスポイントが出るまでキャラメイクして、そいつを10人くらい作りだめしたところで、どれを誰にするか名前を割り当てる。
そしてようやくダンジョンに出入りし始めると、「え」とか「か」とかいうレベル1のキャラがいつまでも町外れにたむろしていたりするのである(笑)
さらにシナリオが進行したあたりで、これらのあぶれ者に「銀行口座」とか「倉庫番」とか「執事」とか名前をつけまして(笑)アイテムやお金を持たせます。今私がやってる「鉄拳」パーティの場合、「三島財閥」というやつに全部お金を預けています。
しかし、あとあと別のネーミングでパーティを作ろうと思い立つこともあったりして、そういうとき「倉庫番」がいきなりヒロインになっちゃったりすることもあった(笑)
(00.1.17記)

「オディッセリア」というSFCのRPGをやった。世界史の資料みたいなパッケージにひかれて、とてもロマンチックな気持ちで始めた。
このRPGは女性キャラが主人公だった。それで彼女にジョーと名付けて物語をスタートした。ほどなくドラッケンの男が仲間に加わった。名前はカイルだった。ルックスはともかく(外見は爬虫類(^_^;))強くて頼りになってかっこよかった。久々に女心がわくわくした。
このゲーム、安売りで買ったにしては美術とか音楽とか意外とよくて、さくさくと進んでいた。デームが重いのか、途中で何度かデータがふっとんだことがあったが、最初からやりなおすことがちっとも嫌じゃなかった。もう一度カイルと旅に出られると思うと、嬉しくすら思ったくらいだった。
前半部を終って、後半部に入る。涙の別れをしたカイルと再会した。嬉しかった。
だがしかーし、ここに邪魔者が登場した。人間に転生したカイルの婚約者とかいう設定の女である。この女がかなりむかつく女だった。控えめでおとなしぶりっこしてるくせにパーティについてくるわ、男のベッドに自分から行ってしまうような女だった(爆)
そして最後に主人公以外のメインの戦士はみんないなくなってしまうのだが、エピローグではあのむかつく女がカイルの子どもを妊娠していたのだ。
ばっかやろー! なめやがって! スタッフ出てこい!
いったいこの物語の主人公って誰よ? 私でしょ? なんで私が自分の男(というか家来というか子分)をこんな不愉快なバカ女にとられなくちゃいかんのよ。それをヤキモチもやかない私(主人公)っていったい何? 私(主人公)は男に言い寄られることもなくて、それでも私は女か?
もう何年も前にやったゲームとはいえ、今思いだしても腹が立つ!
それでどうにも気が収まらなかった私は、SFC版Wiz#6「禁断の魔筆」にトライした。
ウァルキューレにジョー、ドラコンにカイルと名付ける…… 物語の続きはWizでやりました。(実は小説とかも書こうと思っていた(^_^;))
ちなみに後日「オディッセリア2」をみかけたが、「誰が買うか、ばかやろー」と思ったことは言うまでもない。
…などといろいろ書いたけど、途中までは本気で本気で燃えてやったゲームなのである。しくしく。
(00.10.18記)