首塚/神田明神

  1308230.jpg 本日のお参りは、将門の首塚と神田明神です。
 わたくし、相模国にお嫁に来て約30年。地元の名所旧跡は意外と行った事がない。いつでも行けると思いながら、とうとう30年もたった。これからは地元の名所にできるだけ行こうと思いました。というわけで、このブログもカテゴリをひとつ増やしました(^_^;)

 さて、このたび思う所あって、願掛けにお参りに行こうと思い立ちました。
 関東で一番偉い霊場はどこなのか?……よくわかりません(^_^;)私は生まれも育ちも三河者です。
 この間の4月、こんぴら歌舞伎で崇徳天皇陵を詣でたばかりだったので、日本三大怨霊つながりで将門公の首塚にお参りに行くことにしました。将門の首塚はゲームとかファンタジー関係でも有名どころではあるのですが、実は私は一度もお参りしたことがなかったんです。
 今回は首塚と、将門公を祀っている神田明神に詣でました。
 (右写真は首塚。道路からの眺め)


将門の首塚
 地下鉄大手町の駅で降りると、構内案内板表示にあるので、それに従って地下道を抜けてオフィスビルの立派な階段を上っていくと、地上に出て道なりにすぐのところに、首塚はある。
 広い道路に面していて、そこだけうっそうと木が茂っているのですぐわかる。
 大手町の真ん中、空を覆うようなビルの一角をここだけ切り取って開けたような空間に見える。1000年前の敗軍の将のためにわざわざこの地をあけて、三方を立派なビルが囲んでいるのだ。意外に広い、という印象で、道端にあるお地蔵さんや祠とはやはり違う。

 心霊スポットとしてオカルト談と供に紹介される将門の首塚であるが、しかし私が訪れた休日、朝から次々と人がやってきて途切れることがなかった。観光でやって来て写真撮って帰るような感じではなく、皆粛々と拝んで帰るのである。中には線香を上げ、長々と静かに何事が唱えている人もいる。
 実は将門首塚は、人気の参詣スポットだったのである。

 平将門は今から約1000年前、平安時代の人物である。つまり首塚は1000年前から変わらず、そこにある。もちろん1000年の間には戦乱や天災もあったので、1000年前そのままの姿ではないが、首塚の位置そのものは変っていないはずである。
 1000年前の敗軍の将の塚が1000年も無くならないで、忘れ去られることなくその場に伝えられていて、1000年後の人々の信仰を集めているということが、なんだか素晴らしくも尊いことなのである。

1308231.jpg
神田明神
 首塚のあとは神田明神を詣でる。ここは将門を御祭神として祀っているからである。
 最寄り駅はお茶の水。秋葉原からも徒歩で行けると思う。参道入口がビルの狭間にあり狭く、少しわかりにくいかも。しかし境内は意外に広くて、社殿や門もものすごく大きくて立派。これが銭形平次に出てくる神田明神o(^-^)o 私が詣でた時は神田祭の直前で、山車が待機している状態でした。
 境内には、いろいろな神社が囲むようにあり、あの金刀比羅神社もここにある。
 参詣記念は、「ん」の字の入ったお守り袋のストラップを買いました。

 それで、私はそもそも願掛けで首塚・神田明神をお参りしたわけなのですが、近々お礼参りに行くことになりました。ありがたいことです。

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