シネマ歌舞伎「高野聖」

シネマ歌舞伎「高野聖」
http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/19/

 シネマ歌舞伎・玉三郎三本立ての3つめ。この作品だけ舞台公演の収録ではなくて、シネマ歌舞伎のための撮りおろし。通常の舞台で収録したものに加え、一部屋外ロケ映像もあり。原作は小説。原文はインターネットでも読めますが、ルビが邪魔で読めないです(^_^;) 「高野聖」はこれまでにもこれとは別キャストで上演されています。

 お話。若い修行僧が山中を迷い、たどりついた一軒家は、若く美しい女と白痴の男、年老いた下男の住んでいた。一夜の宿を頼み、川で体を清めていると、女も着物を脱いで寄り添ってきて…

 感想。原作未読。
 お客がいない舞台の収録なので、今まで見たシネマ歌舞伎の臨場感のようなものがちょっと印象違う。カメラワークも映画っぽいです。私はそこはちょっと残念かな。歌舞伎って映像で見るものではなくて、劇場で見るもの、つまりライブだと思っているので。たまに歌舞や舞踊もスタジオ収録の放送ってあるですが、この映画はそういう感じのものです。
 さて映画の内容ですが、お話は多分原作どおり。セリフも原文通りと思います。今間の作品がそうだから、これもそうだと思います。
 「天守物語」「海神別荘」そして「高野聖」はいずれも人間がこの世のものでない世界に足を踏み入れるお話だ。上演順がこうなっているのは、もしや意図するものあってのことかもしれない。天守物語は天守夫人視点のお話であり、「高野聖」は人間である僧侶視点のお話になっているのだ。


(↓ねたばれあり)


 「高野聖」は大人の怪談だ。
 どえらい山の中に迷い行くと一軒家があり、そこに美女が住んでいる。独り住まいなら間違いなく、すわ妖怪か?と皆警戒するかもしれないが、屋敷の外回りのことをする下男の老人と、白痴の男が住んでいる。こいつはなんだ?弟?いや、ご亭主?
 私は原作を読んでないので、そこらへんをどういう風に書いているのかわからないけど、男女が同じ家に住んでいて何もないのはおかしいから、普通に考えて夫婦? え?こんな男と?なんで?
 ここでスケベ心を起こした男(訪問者)は、なんと畜生に変えられてしまうのである。
 これはあれだよね、つまり川で美女に誘惑されてその気になってHなことをすると、動物になってしまうんだろうね。厩につないであった馬が実はさっき通った薬売りって、ちょっと衝撃的じゃないですか。
 最後に老人が事の真相を教えて去って行くが、私は思ったんですよね。このじいさんと屋敷にいる白痴の男はどうして動物にされてしまわないのだろう。この老人は元々お嬢んちの下男だったようだからやましい気持ちが全くないのかもしれない。じゃあ白痴の男は?うーん、何も考えてないからそのまま動物みたいなもの?
 などといろいろと考えさせられてしまう。
 この三部作のうち「高野聖」だけが人間がその異世界から生還する。向うの世界の人にならずに、元の人間世界に戻って来る。異世界をかいま見て、誘惑には落ちず、結局戻ってくる。普通の人は帰ってこられない(馬になってしまった薬売りの男とか)が、修行僧だからだろうか。爺さんによるとお嬢は見逃してくれたんだそうだが、そこは「天守物語」にも似ているところだ。ここはおまえが来るところではありません、と天守夫人は言ったではないか。
 「高野聖」の世界には女の人物が一人しかいない。女、僧侶、じいさん、白痴、あとは全部動物。この中で人間は僧侶だけだ。しかし彼は修行僧なので、生きながら行かねばならない仏の道があり、その意味ではわれわれ俗人とはちょっと違う。おそらく観客は動物に分類されるのだろう。

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