バードスクランブル
正岡

おたくな奥様快楽通信

BLとドールの謎

2011年05月31日
やおい&おたく談義 0
貴腐人のたわごと
 前にも書きましたが、私がBL(やおい)の世界に入ったのは中学2年の時でした。今でもはっきり覚えていますが、ガッチャマンの放送を見ている最中のことでした。この放送が始まった時は「ケンとジュンはいつ結婚するのかしら?」みたいなことを考えていのですが、見ているうちに「やっぱりケンとジョーって何かあるわよね」「いい男同士の組合せって美しいわよね」みたいなことを考えるようになっていました。
 なぜ男×男なのかは、あれから四半世紀以上たった今でも、私には明確な答えがない。でもゲームでもコミックでも間違いなく私はBLの国の人間であり、男女ものはひたすら退屈である。良い作品であることと、自分の萌えは一致しないものなのだ。

 それで今日は、この間福山潤さんの新しいCDを買ってひとつ気付いたことがあるので、それを自分で整理したい。
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 「福山潤、愛を歌う」の2曲目「program me」なんだけど、これがまるで自分の大事にしているドール(上写真)のことを歌っているようで、ちょっとヤバイくらいに動揺してしまった。この曲は、じゅんじゅんの受けボイスが人工知能役で歌っている内容だ。これ、BLCDとかでじゅんじゅんの受けが好きだった人には、ストライクに来る歌じゃないだろうか。
 それで私は、自分のBL的萌えがどこでじゅんじゅんボイスとリンクしているのか、少しわかったような気がした。それはアンドロイドとか人工知能とかお人形のような、愛情関係で一方的に受け身な立場、甘えとか依存とか被支配とか所有物とか、そういう受け身な立ち位置が萌えるのである。だから私は学園ヘブンでは王×啓なんだわ。
 言うなれば、福山潤の受けボイスはお人形の声なのである。

 自分で自分がうまく説明できないBLと違って、三次元であるドール趣味の方は、実は私はこの心理は自分でわかっている。自分にとってのリアルな現実だからだ。
 ドール趣味は自作自演の遊びである。全知全能のドールオーナーと愛されドール、この二役を自分ひとりで演じる趣味なのだ。これは間違いない。ドールの顔が何か訴えているように見えるのは、それはドールオーナーの気持ちがそこに反映されているからだ。ドールは自分を投影する鏡なのである。
 私は自分で顔を描いたドールは8つほど持っているが、この写真の子だけちょっと特別な子である。というのは、人形でBLをやろうと思って作った子なのだ。人形でBLをやるというのは、つまり学園ヘヴンの伊藤啓太のコスプレをやらせようとかそういう意味ですが、すなわち私のBLにおける趣味をそのまま表現している造形なのです。だから名前もじゅんじゅんだったりします(^_^;)
 この、全知全能のドールオーナー&愛されドールの関係が、すなわち私の場合、萌えるBLのはまり要素でもあるということなのだ。
 私は、実は俺様攻めが好きなのではなくて、白痴受けが好きなんだわ、というのが最近自覚したことだけれど、それは根っこではドール趣味とつながっているのだ、というのがじゅんじゅんのCDで気付かされたことである。

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 女の子ドールも3つあるけど、女の子はどう描いても受け身な愛されドールにはならない。私は負けない、何をやっても勝つのよ、という顔をしている。女の子ドールには、たぶん自分のリアルな自我が反映されているんじゃないかと思う。

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正岡
この記事を書いた人: 正岡
■生涯一腐女子。腐女子の本懐を極める。追っかけ中→小西克幸。市川猿之助。松田龍平。蒼井翔太
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