週刊朝日「石原慎太郎都知事が画策する 東京都議会 マンガ規制条例可決?の愚」

石原慎太郎都知事が画策する 東京都議会 マンガ規制条例可決?の愚
(週刊朝日 2010年12月17日号)
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20101208-02/1.htm

 このジャンルでは輝いているな(@_@)朝日。これ買ってこよう。
 この条例阻止したら、もう一度朝日新聞とるわ、がんばれ。

「出版物の規制を、警察庁の出向者が加わった部署が担うのはおかしい」
 えっ?そうなの? これって治安対策なの?なんで?生きてる女の子を保護するのはわかるけど、マンガだよ?(^_^;)

コミック10社 :東京アニメフェアをボイコット

コミック10社 :東京アニメフェアをボイコット 集英社、小学館など「石原知事に不信感」と緊急声明
http://mantan-web.jp/2010/12/10/20101210dog00m200048000c.html

 各新聞&ニュースサイトなどにも記事が上がっていますので、そちらをお読みください。
 クールJAPANなアニメコンテンツは、多くはコミック原作あってのものなのです。

 コミック業界は広い大きな海のようなものだ。ゴミが浮いていても、海全体が巨大だからから、海が汚いということにはならないのである。それをコップの中の水のように、濁りひとつないようにしようと考えるのはやはり間違っていると私は思う。コップの水はボウフラがわいたらあとは腐るだけだが、海は微生物もあれば巨大魚もいる。我々読者はその海に潜って、立派な魚という名作を拾いに行くのだ。魚をとるときに服が濡れたり、ゴミがついてしまうこともあるが、それはしょうがないと思っている。おいしい大きなお魚がとれればいいのである。

 石原慎太郎氏は日本ペンクラブが反対声明を出していることについて、どう思っているのだろう?
 出版業界全体(同人誌を含む)が大きな海であることは、小説もラノベも同じではないのだろうか。

12/3付 朝日新聞社説「都の漫画規制―手塚、竹宮の芽を摘むな」

12/3付 朝日新聞社説「都の漫画規制―手塚、竹宮の芽を摘むな」
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

 朝日新聞が輝いている(@o@)
 ここは文化面はいいんだよね。コミック関連については、コミケットのレポート記事やマンガ作品の書評を載せたり、1970年代ごろから日本のコミック文化の認知にも貢献してきたのは記憶にある。

 私はこの改正案の条例文は、つまりところ教育上よろしくないものを統制したい狙いがあるとしか読めない。
 それは良い事なのか、というと私はそうは思わないのだ。
 私が中学高校、いわゆる思春期に「私が読みたかったものはこれだわ」と思って腐女子への開眼があったが、教育上よろしくないような作品はこういう時期に読むものなのだ。
 不健全図書しか読まない子なんていません。学校で国語の授業だってあるし、普通の雑誌だって読む。いろんなものを読む中で、自分がこう考えている、自分はこう思う、と自分を深めていく時期に読むものは健全図書だけでだめなのね。さっぱり面白くない文学や古典とコミックの最新作品の過激なやつとの、広い振れ幅の中で自分というものを考えていくのよ。
 朝日の社説の中で例にあげている「風木」も、読むべき年代は私も中学生くらいだと思います。大人が読むもんじゃない。私は「風木」を読んだ時既に高校生だったので、それほど感激して読んだ記憶はないです。ジルベールよりも年上になってしまうと、やっぱりなんかちがうんでしょうね。
 モラルとして良い悪いじゃなくて、読んで自分を確認したい年代というものがあるんです。正しいのか正しくないのか好きなのか嫌いなのか、マンガの中で考えてみる、そういう時期がある。そういう時に手に取れない作品があるのは、果たしてそれが本当に良いことなのか。

モラルを法にするのはカルト国家のすることです。
モラルは家庭と学校で育てていくもの。日本人は高校全入も同然で、学生の身分でいる期間が長いから、じっくりマンガとか読んで考えればいいと思います。


 雑誌ごとに想定されている読者層というものがあるので、実は表現上の規制のようなものはある。
 例えば小学館の学習雑誌のようなところと、少年ジャンプは違う。学習雑誌でマンガ描いていた友人に聞いたことだから確かだ。けっこう厳しい表現上の制約があって、読者を想定した配慮をしている。ジャンプで連載している友人はいないのでよくわからないが、たぶんジャンプでも描いてはだめなものがあるはずだ。
 読者もそういうのはわかってて雑誌を選んでいると思う。それは主人公の年齢で決まる。中学生ヒロインのマンガを読むのは小学生、という意味で。自分が中学生になってしまうと、今度は高校生のヒロインのマンガ雑誌に行くものなのだ。
 これを一律に青少年というくくりで規制かけるとか、石原、ちゃんとマンガ読めって話です。
 今雑誌がいっぱいあるのは、読者層が細かくわかれているからだと思います。昔、雑誌こんなになかった。BL雑誌もね。

今日の読者が明日のマンガ家

青少年育成条例改正案に反対する
 行政が作家の内面や表現の部分に踏み込んで規制できるシステム作りにはあくまで反対である。

(理由その1)日本のコミック文化は「誰でも描ける」「何でも描ける」という自由な空気と土壌が育てたものである。

 毎月膨大な作品数のコミックが出版されているが、もちろん内容はぴんきりである。有名作品神作品もあれば、この作者ひどいな描くのやめろよ的なゴミ作品も必ずある。当然です。自由に書かせているんですから。いろんな作家やいろんな出版社がいるから、世間的にはこれはひどいと思うような作品も出てくる。そしてここ大事だけど、大多数の作品は人々の記憶に残ることもなく、資源ゴミになって消えていくのである。
 誰もが知っている、そして世界にも誇れるような、日本を代表するコミック作品の頂点は、この膨大な出版物の中から読者に選ばれて、しかも長く愛されて残った作品なのである。
 世界の最先端を行く最もクールな日本のコミックカルチャーの下には、死屍累々とうち捨てられたコミック本の荒野が広がっている。この荒野が広くて深いほど、より多くのそして才能ある明日の作家が生まれてくるということを忘れてはならない。
 別になくなってもかわないようなヒドイ内容の作品は無くても困らないから、規制しても困らない、という意見は私は違うと思う。不道徳で悪趣味でも、そういうものが圧殺されずに存在する、という空気が大事なのである。

 私はコミックマーケットが拡大していく時期をつぶさに見てきた世代だ。コミケットだけじゃない。都内で同人誌即売会が毎月開催されるようになったころも、倍々ゲームのように参加者が増えていった。この爆発的な拡大の理由はなんなのか?
 それは、今日同人誌を買いにやって来た人が、次はマンガ描いて同人誌を出す側になって参加するからである。
 同人誌(アマチュアのマンガ本)はプロよりも敷居が低い。どうでもいいようなつまらない上に下手くそな作品でも、同じ好みの人はたまらないものなのである。こういう本が欲しかった。こういうのを読みたかった。
 そしてちょっと器用な子は必ずこう思う。「私もこういうマンガを描きたい!」「私にも描けるかも」「私は絵はだめだけど、小説なら書けるわ」
 コミケットは30年前からあるが、30年前と違うのは、今は高校生のお小遣い程度の印刷費で同人誌が作れることだ。だから描きたい気持ちさえあれば、誰でもすぐ形にできるのがマンガというものなのである。たとえ下手くそでも。ここがすばらしいのである。
 プロになるにはもっと敷居が高いが、しかし映画やゲームを作るよりは全然低い。作品を世に出すのに、お金も人も要らない。才能さえあればいいのだ。今日少年ジャンプを読んでいた子供が、明日は俺がマンガ家になるぞ、という敷居の低い構造と自由な空気が新しい才能をとりこんでコミック文化を育ててきたのである。


(理由その2)強い作家性(作家個人の人格や考えが反映される)がある小説とマンガ。紙の上の出来事に道徳や社会規範で規制を加えるのはおかしい。

 道徳や社会のルールを守ることは私たちの実際の社会生活上必要なことだ。
 それを紙の上までやれ、って?
 紙の上のうそこ話だから、人を殺しても人類滅亡してもいいのである。
 エロはあくまでとっかかりであって、エロがだめなら最終的には殺しも犯罪もダメになってしまうのではないですか。


(理由その3)統制や規制は大衆文化を萎えさせる
 コミック発祥の地であるアメリカでは、なぜ日本のような多彩なストーリーマンガが発展しなかったのだろうか?
 本家アメリカンコミックにも長い歴史と事情がある。ウィキペディア参照。日本とは歴史的文化的社会的背景が違うので、一概に並べて比較はできない。しかし規制という縛りが、マンガとアメコミの道を分けたのは誰の目にも明らかだ。
 出版社も商売だから、面倒なことはしたくない。利益を出すのが難しくなれば、その分野から引き上げる。マンガは印刷物だから、それで終わってしまうのである。


(理由その4)ゾーニングは現行の条例でできる
 普通の書店では売り場分けてあるですよね。マンガ雑誌て昔よりも数多いし、分けてなかったらお客さんも目当てのを探せなくて困ります。BL雑誌はだいたい少女雑誌とは別の、声優やアニメ雑誌とレディスやホラーの間にありますね。


 私は最初から疑問なのですが。
 えっちな本を隠して環境をきれいに?しても、悪いオトナはいくらでもいるので、児童の被害者を減らすことにならないと思います。道徳的にけしからん人をこの世から根絶することは不可能なので、このへん、コミック規制に何の意味があるのか、よくわからないですね。えっちなマンガを見ることがなければ不良にになる子が減るかって、それも違うと思います。これだけコミック本があふれていて、そんなにマンガの影響があるなら日本は今ごろ犯罪大国に転落していると思います。
 エロロリマンガは犯罪予備軍を養成しているかというと、それも違うと思います。写真はともかく、デフォルメ絵の萌え記号と現実の子供がリンクするんですか。犯罪予備軍であろうと、一生予備軍でいればそれは立派に世の中のためにはなってると思います。

 また気が向いたら書きまず。
(2010.11.25)

(2010.12.1)記事を上に上げます。

性描写漫画の販売規制、都が再提案へ

http://www.asahi.com/national/update/1120/TKY201011190604.html
性描写漫画の販売規制、都が再提案へ 対象を限定

疑問その1
なんでしょうね、このしつこさは。
どうしても今急いで成立させなければならない条例なんでしょうか?
なぜここまで性行為を敵視するのか分からない。 しかも二次元の。

日本は性犯罪発生率は諸外国先進国の中でもダントツの低さ。若年層の犯罪もすごく少ない。これだけあふれかえっているマンガの何がどう悪影響なのかわかりません。
私は利権とか権謀実数にはうといオバサンですが、これって出版物を検閲するようなシステム作りへのステップ? もしかしてマンガ出版は巨大な利権を産む肥沃な大地?とかそういう裏でもあるのかしらね。
石原先生~、小説家だったくせに、もうろくしちゃったわね。じいさんは先死んじゃうからってちょっと無責任すぎると思います。

疑問その2
「登場人物の年齢ではなく、描かれた性行為の違法性などで判断」
??????
二次元の性行為の違法性ってなんですかね?(^_^;) 余計に意味がわからない。
同性愛は違法じゃないから、高校生でもいいという意味かしら?(^_^;) うーむ、わからんのう。


コミック文化は日本の資源だと思うので、それを圧殺して死滅させるようなことは、この不景気に絶対あってはいけないと思うのです。表現の矮小化につながるような規制はコミック文化の自殺行為だと思います。ひどい内容のコミックは昔からやり玉にあがりますが、そんなものは小説でも映画でもAVでもあります。
二次元の絵のえっちがどうしてそこまで問題なのか、私はやっぱりよくわかりません。やはりふつーのおばさんにはわからない裏の裏があるんでしょうね。
(2010.11.20)

※より深く知るための参考サイト※
東京都健全育成条例改正問題のまとめサイト
http://mitb.bufsiz.jp/

表現規制について少しだけ考えてみる(仮)
http://otakurevolution.blog17.fc2.com/

(2010.12.1)記事の位置を上げます。

東京都青少年健全育成条例の改正案に反対

『女性向け創作活動をしている人の為の、非実在青少年規制対策まとめサイト』
 当分、右上にもリンクをはっておきます。

 これは、東京都青少年健全育成条例の改正案に反対するものです。
 「何を規制するのか」「非実在青少年て何?」「BLは関係あるの?」という向きは一度まとめサイトを読みましょう。特におすすめは上記サイトのリンクページです。他にもまとめサイトがあって、さらにわかりやすい資料を集めているところもありますので、そっちも読みましょう。

児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律

とは別のものなので、ちょっとわかりにくいですね。


 この条例改正等で狙っているのは、もしや日本のコミックカルチャーの封じ込め、ひいては日本カルチャーの否定と解体ではないのか? 不景気なご時世にコミックの規制で誰得?と考えた時、そうとしか思えないわね。裏に何か大きな陰謀でもあるのでは(-_-;)


※この記事は不定期にトップに上げます※
 有害指定を受けるとその雑誌はどうなるのか?
 右上リンクのまとめサイトへ。

(6/18)なんか石原先生ももうお歳ですね……
 とりあえず現時点では否決だそうですが……
 いったい誰が何のために規制したがっているのか全然わかりません。だって何の得にもならないことをここまでしつこく仕掛けてくるわけがないでしょう? なんだか不気味ですね。

(5/27)まとめサイトに更新あり。
 児童ポルノの諸問題が深刻かつ重大なのは誰もが認めるところだ。それとマンガ表現の規制がどうリンクするのかわからんわ。ロリ絵のマンガがなくなれば児童は安全になるのか? なるわけないじゃない。

(5/17)まとめサイトに更新あり。「ゾーニングの顔をした表現規制」という分析が非常に印象的。なぜ都条例でコミック規制を?この不景気の今?性犯罪微少の日本で?
 お話の中の出来事(それもモノクロのデフォルメマンガ絵)と現実の区別がつかない日本人はいません。(この条例考えた人たちはロリマンガを読むとロリ犯罪をしたくなる人たちなのだろうか?)
 やっぱりこれは、世界に冠たる日本のコミック文化への何らかの圧力としか思えないですね。このまま日本のおたく文化が拡大していくのをどうしても阻止したい人たちや利権グループや外国勢力とか……なんて考えたくなりますね。これからの日本を支えるおたく産業育成の観点からも、権力がアートに介入しても得る物はないと思います。

有害指定図書は抹殺しなければならないほど害悪なのか?

有害指定コミックに関連して
有害指定図書歴を勝手に語る貴腐人のたわごと


初めての猥褻図版はポルノ映画の看板とかチラシでした
 今ではお目にかかることはないですが、私が初めて見た猥褻図版は新聞の折り込み広告、地元の映画館上映案内チラシでした。薄い紙の紺インク一色刷りの粗末なものでしたが、なんか裸の女の人がなんかされてる?写真でした。どんな絵だったかは覚えてないですが、それが毎月入っていたのは覚えています。この記憶は小学校低学年くらいだと思います。ポルノ専門映画館じゃなかったので、ヤクザ、時代劇、特攻、コジラ、それと東映まんがまつりの上映案内もあったんです。
 その次はポルノ映画のポスターでした。フルカラー(^_^;)映画館の壁のディスプレイじゃなくて、町角にふつーに町内案内の横に映画館の貸し看板があって、そこにべたーっと裏面のりづけではってある紙製のやつ。小学校中学年くらいになるとなんとなく意味がわかってくる。裸の女の人となんか悪そうな男が絡んでいるイヤラシイ写真の意味が。女同士ならきゃーいやーとかきゃきゃうふふしながら、男子がいるとさらいにやいのやいの騒ぎながら、そのポスターの前を通過したものだった。(もっともポルノ映画ばかりじゃなくて、時代劇やヤクザ映画や怪獣映画にも遭遇したので、貴重な情報源ではあった。)
 その次に遭遇するのは、廃品回収で出された雑誌にまざっているエロ雑誌である(^_^;)
 子供会とか生徒会で廃品回収をやるじゃないですか。その時に出てくるんですね。私が班長になったころには、そういう雑誌を見つけると、下級生が触る前にささっと自分でトラックに積んでしまいましたね(^_^;) なぜそうしたかというとよくわかんないですが、私も同級生の男の子も知らん顔で何事もないふうにトラックに積みました。小学生も高学年になるともう大人なんです。子供会の世話役とかの大人の手前、見て見ないフリをするようになるですね。

 最初にこういうエロ情報に遭遇してしまうのは、ある意味不幸かも。なぜなら、男性向けポルノは女の子にとってはとっても怖いものなので、妙な嫌悪感 や罪悪感、不潔感、不信感、偏見なんかを抱かせてしまうんですね。私はここが一番問題だと思うんです。私はこの先入観を払拭するのにちょっとかかりました。
 最初に遭遇したのが少女マンガやBLだったらどうだったのかなあ。でもね、実写の女の裸とマンガ絵の裸では意味合いが違うと思うんですよ。

初めて読んだBL作品は永井豪
 私はちょうど「ハレンチ学園」世代なのですね。この作品は、テレビや雑誌でもかなりとりあげられましたので、私もいったいどんなマンガなんだろうと期待して読みました。そしたら「えっちはどうでもいい。面白い!」たちまち豪ちゃんファンになってしまいました。
 実は私の記憶を遡るに、もっとも古いBLコミックは永井豪の「ガクエン退屈男」です。先生はそのつもりじゃないかもしれないけど、腐女子的な意味でドキドキした作品なので、豪先生は私をこの道に誘ってくれた師匠だと今でも思っています。「デビルマン」の連載はこのちょっと後だったと思います。この作品も私を腐女子として大きく育ててくれた作品でした。
 少女マンガ雑誌での作品は、たぶん竹宮惠子先生だと思います。月刊少女コミック掲載の読み切りだったと思う。私は中学生でした。男の子×男の子で話は覚えているけどタイトルは思い出せない。片方は車イスの少年でした。
 初めて読んだベッドシーンのあるBLコミックは、たぶん山岸涼子先生の「グリーンカーネーション」でした。もっと前にもあったかもしれないけど、私はすでに立派な腐女子だったのでどうでもいいものは記憶には残さない、覚えているのは山岸作品のそれです。

初めて読んだ男声向けエロ本
 コミックは作品不明……しょうもない劇画雑誌の時代劇だったと思います。お友達のうちにあったのを、その友達がこっそり見せてくれた。小学生だったのでタイトルもお話はまったく覚えていませんし、はっきりいって何をしているのかあまりよくわかってなかったと思います(^_^;) ただ「いけない本を見ちゃった」という記憶だけ。……初めてのエロマンガ、もっと良い作品と遭遇したかったなあ。
 小説は中学生の時。宇能鴻一郎と川上宗薫、確か週刊新潮の連載だったと思います。それで初めて、世の中にはポルノ小説という真っ当なジャンルがあるのだと知りました。やっぱり最初に遭遇する作品て大事よね。初めて読んだえっちな小説が宇能先生で良かった。だって心に残る出来事として記憶されているんですから。タイトルは「わななき」でした。川上先生のはお子様な私にはちゃんと理解できてなかったようで、タイトルもお話も覚えていません。ごめんなさい。

 突然ポルノ映画のポスターを見せられてしまうのと、自らえっちなマンガを手にとって読むのは違うと思います。
 読みたい人間は自分の意志でそれを見たい、読みたいからわざわざ手に取るのであって、小説を読むマンガを読むことが目的な人間にとって読めば満足するもの、それで痴漢痴女予備軍になるとは全く思えないですね。
 元乙女の体験として、女の子が人生初めて見るエロ情報が男性向けAVとか男性向けグラビアだったりするの方がかわいそう(-_-;) 女の子には女の子向けのえっちな本がなければいけないと思うわけです。もちろん過激なやつに遭遇して動揺してしまうこともあるかと思いますが、読者もバカじゃないんで、良い作品落ちる作品の読みわけくらいはできるものなんです。

非実在青少年とか…
 若い男の子にとって、マンガの中のえっちな女の子が自分よりも少し年下で中学生高校生くらいというのは、いたってフツーの感覚だと思います。えっちなマンガのヒロインは大人のおばさんで(絵柄的な意味で)と強制するのは、おかしいと思います。アートの規格化、画一化は教育上良くないと思います。

BLは有害図書なのだろうか?

貴腐人のたわごと

 BLはそもそも思春期に始まるものなのである。
 有害図書などとしてティーンエイジャーの目から遠ざけるのは、私は根本的に違っていると思うのだ。

 小学校高学年から中学生くらいが、だいたい女の子の思春期前期あたりだと思う。この次期に「私」という人格が作られ始めるのだろう、それまで何の疑問もなく楽しく読んでいたアイドル雑誌や少女マンガに違和感を覚えるようになる。やさしい、かわいい、おしとやか、元気な、明るい…といった、標準的あるいは理想的な少女像を、なんか違うと思うようになる。おしきせの女らしさとか、先生や親といった大人がが自分に期待しているものが、なんだかそれは自分ではない、自分はそうじゃない、違うんだ、と思うようになる。そういう時、少年ジャンプやBLコミックに出会うと、ああ自分が読みたかったのはこういうものなのだ!と気付くことがある。それが腐女子の始まりだったりするのだ。

 私はコミケなどで若い友人らに、初めてBLを知ったのはいつだった?ということを何度か聞いた。たいていの答えは「中学か高校の時、友達が教室に持ってきて見せてもらった」「友達のお姉さんが同人誌を見せてくれた」というものだった。
 かんじんなのは、BLコミックを見れば誰もが腐女子になれるわけではない、ということだ。
 実は世の中「男×男なんて死んでも見たくもない!」というおなごが大半である。そういう女の子は生涯二度とBLを手にすることはない。BLに積極的に興味が持てるのは腐女子の素養のある子だけだ。そして「私が読みたかったのはこれだったのだ」と気がつき、やおいの国の人になるのである。
 だから、BLコミックの何が有害なのか、私にはよくわからないのである。
 BLは、普通の人にはただ気色悪かったり理解不能なだけであって、BLコミックを読んだからといってゲイになることはありえない。腐女子にとってはただ の絵空事なので、ゲイの彼氏がほしいわけではないし、自分で真似してみるとか(^_^;)ありえないし。男の子読者にとっては、登場人物が男である少女マンガであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 BLは少女マンガの表現スタイルの一種である。ある作品は、男女の出会いを描き、そこに恋愛や性暴力や夢や冒険が出てくる。BLではそこでキャラクターが全部男の子になっているだけで、内容は普通の少女マンガと変わらない。
 将来腐女子になる子は、こうしたBL作品との遭遇で自分が自分であることに気付く瞬間があるのだ。それはいい歳こいた大人ではなくて、思春期のティーンエイジャーの時にあるべき出会いなのである。だから疑問を抱く若人は有害指定だろうと18禁だろうと、積極的に探訪するのが良いのである。


 私が三十代のころのことだったが、コミケに参加していると、結婚や就職などで一度は同人誌ややおいから離れて「社会復帰」していった友人がひょっこり戻ってくることがあった。そしてやおい同人誌を山のように買いあさった揚げ句、必ずこう言っていた。
「やっぱりここが私の居場所なんだわ」
 腐女子属性は生涯変わることはない。
 

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■生涯一腐女子。腐女子の本懐を極める。追っかけ中→小西克幸。市川猿之助。松田龍平。
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